弁護士 荒井 剛
2018.05.31

結核撲滅キャンペーンinカンチャナブリ

 先日、私が所属している釧路ロータリークラブの国際奉仕事業の一環として、タイのカンチャナブリに行って参りました。これまで私が関わってきた国際奉仕事業は、タイ・プーケットで実施した保育園・幼稚園・小学校への浄水機の設置事業や、ブータン王国で実施した水タンク及び手洗い場の設置事業といった事業で、いずれも水衛生に関わるものが多かったといえます。(過去のコラム「ブータンを訪れて」http://www.ak-lawfirm.com/column/936参照)。今回は、水と衛生ではなく、疾病予防に関わる事業です。具体的には結核予防・撲滅に関わる事業です。

 カンチャナブリ(人口約80万人)は、タイの首都バンコクから西に約120キロのところに位置します。私たちが訪問した4月下旬は1年の中でも平均気温が高く、日中、40℃を超すほどです。ただ、私たちが訪問した日は、前日にまとまった雨が降ったこともあり幸いにして30℃台にとどまっていました。

 カンチャナブリといえば、映画「戦場にかける橋」の舞台となったことで有名です。第二次世界大戦時、日本軍がミャンマーに物資を運搬するため、現地の人や英軍の兵士を含め多くの人を使い、泰緬鉄道を整備しました。川と山の斜面との間のわずかな隙間を利用して木造の橋を建設したり、硬い岩盤を切り抜きそのわずかな隙間に線路を敷いたり、クウェー川を渡るために鉄骨コンクリートの橋を造ったりしました。いずれも今でも使用されており、観光資源となっております。実際、私も汽車に乗りました。








 
さて、そんなカンチャナブリですが、実は、タイの中では結核患者数が最も多い地域といわれました。実際には結核診断すらしていないので潜在的な患者数を含めるとわかりませんが、判明した患者数が最も多いという意味だと思います。HIV感染者、受刑者が多いほか、隣国ミャンマーからの移民労働者が多数流入してきていることも影響しているのではないかと思います。受刑者、外国人であっても結核に感染しているのであれば、すぐに適切に治療を施さなければ感染が拡大するだけです。結核を撲滅し、また、結核感染の拡大を防ぐためにも受刑者・外国人を問わず、すべての結核患者を対象にし、早期に治療することではじめて地域住民全体の健康を回復、維持することができます。当たり前のような考え方ですが、その当たり前の発想やこの発想に基づいて行動する人がいませんでした。しかし、昨年、ようやく1人の女医(Dr.Kittima)が立ち上がりました。




 彼女は、X線機械を搭載したトレーラーを活用し、カンチャナブリ州内の各地を回り、できる限り多くの人にX線検査を実施し、結核診断(スクリーニング)をし、結核と判断された患者にはすぐに医療チームによる治療(投薬だと思われます)を受けてもらうように考えました。

 ただ、カンチャナブリ内といっても人口は80万人いますし、地域も広いです。闇雲に回ったとしても非効率的です。そこで、各方面(行政、民間企業、住民)に対し、結核予防・撲滅の必要性を説き、結核予防・撲滅事業への協力を求めましたが、なかなか理解が得られなかったため、昨年4月から、彼女を中心とする医療スタッフが先行して、まずは病院関係者等、医療スタッフに近い人たちを対象にしてスクリーニングを開始することにしました。また、平行して毎月1回、刑務所に赴いて受刑者を対象にスクリーニングを始めました。病院関係者等比較的身近な人たちを対象にしたスクリーニングを第1段階として、次に、労働者を対象にしたスクリーニングを第2段階、そして、それ以外のすべての住民(住民登録していない移民労働者を含む)を対象にしたスクリーニングを第3段階と位置づけてスタートしました。

 ただ、そもそも結核についての知識すら持ち合わせていない人が多いためまずは関心を持ってもらう必要があります。そうでないとスクリーニングも受けてくれません。そこで、関心をもってもらうためにメディアを使った結核予防・撲滅キャンペーンを実施しようということになったわけですが、そのキャンペーンを実施するためにも人的・物的資源が必要となります。第1段階の時点ではなかなか周囲からの理解・協力を得られず、DrKittimaさんは、1人涙を流す日が多かったといいます。

 そんな中、カンチャナブリに7つあるロータリークラブの一つであるManeekanRC(マニカーンRC:ニタヤ会長(女性))が女医の思いに共感し、結核撲滅事業に手を差し伸べることになりました。そして、そのマニカーンRCから、この事業に協力してくれないかと打診され、釧路ロータリークラブがこれに応じたというわけです。具体的には、国際ロータリー2500地区の支援を受け、結核撲滅キャンペーンを実施するための資金援助をしました。ちなみに、マニカーンRCの「マニカーン」とはタイ語で「宝石」を意味します。「カンチャナブリの宝石」という意味が込められており、30人ほどいるメンバーは全員女性のクラブです。

 メディアを使ったキャンペーンは今年の春からスタートしました。今回、訪問したキャンペーン会場は二箇所です。最初の訪問地は、カンチャナブリに14ある区の中のTamuang地区にある寺院でした。境内の敷地には、多くのテントが張られ、出店のような形で、来場者に食事と飲み物が提供されていました。結核についての説明をし、希望者には、トレーラーの中でスクリーニングテストを受けてもらいます。さらに、来場者にはマニカーンRCが製作した「Stop TB」(結核撲滅)とタイ語で書かれた水色のTシャツが配布され、着用してもらいます。私達も事前にこのTシャツをもらっていたので着用しました。私たちが訪問したときでもおそらく1000人以上の人は集まっていたのではないかと思います。現地のテレビ局のカメラマンも来ていました。イベント開催にあたり州知事もかけつけ、集まった人たちに向けて挨拶をされていました。結核撲滅事業の趣旨に賛同した企業、そして、企業の工場で働く労働者から寄せられた寄付金を寺院に納めるという儀式も行われていました。たくさんの紙幣を折って、供花のような形にして、行列を作り、寺院に納めるというものです。















 二つ目の訪問地は、学校の広場のような場所でした。ここは別の区でしたが、7月までこの場所で、毎日、午前9時から午後5時までスクリーニングを実施しているとのことでした。

 スクリーニングした結果、結核患者であることが判明した場合、その患者は医療サポートチームにより適切な治療を無料で受けることが可能になります。現在、WHOの協力により、無償で結核治療薬の提供を受けているためです。Kittima女医は、とにかくまずはカンチャナブリでの結核の発生を止めたい、今後は、タイ国内のカンチャナブリ州以外でも普及させていきたいと語ってくれました。

 国際ロータリーのグローバル補助金制度を活用したこの事業の予算規模は日本円にして300万円強になります。キャンペーン事業にこれだけのお金がかかるのか当初疑問に思っていましたが、実際に現地に赴き、キャンペーンを目の当たりにすると、多くの人を集客し、結核について知ってもらうこと、そして、スクリーニングテストを受けてもらうために、この規模のキャンペーンを各地で何度も実施するだけでも一定の費用がかかることを実感しました。

 国際奉仕事業そのものが弁護士業務に直結するわけではありませんが、国際奉仕事業の過程で多少の英語も使用しますので語学の勉強にはなります。昨年9月に東京で開催されたLAWASIA(アジア諸国の弁護士が集まる国際会議)に参加した際ももう少し語学力を磨く必要があると感じたため、自分自身にとってもロータリーの国際奉仕事業に関わることは有益です。(過去のコラム「~LAWASIA東京大会2017~に参加して」参照:http://www.ak-lawfirm.com/column/1087)。また、実際に行かないとわからないこと、行かないと感じられないことが多くあるということも実感できます。今後も機会があればまた参加したいと考えております。