弁護士法人 荒井・久保田総合法律事務所

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弁護士 久保田 庸央
2016.09.21

議論の出発点

どこどこの会計担当者が管理しているお金を着服したという報道は結構多く目にします。

私どもの事務所にも、従業員が使い込みをしたという相談や、会社から着服の責任追及を受けているというような相談がよせられることがあります。



例えば、従業員が会社の金を1000万円着服したというのであれば、従業員は会社に1000万円を返す義務があり、それは当然のことです。

しかし、従業員に1000万円を返す能力があるのであれば、初めから着服などしていないでしょう。むしろ、金に困るなどして着服している場合がほとんどであり、返済能力に乏しく、従業員から返済を受けるというのは現実的ではないと言わざるを得ません。



そんな中、従業員側から、親族が400万円なら用意してくれそうだが、400万円の支払で全て終わらせてもらえないかという申入れがあったとします。



パッと見で、随分身勝手な申入れだなという感想をお持ちの方が多いものと思います。

それは、会社には元々1000万円あったわけだから、全て返済して当然というところが、議論の出発点になっているからだと思われます。



しかしながら、従業員が悪いのですが、既にその1000万円はない、ゼロの状態であり、そのゼロを基準に、400万円の支払が受けられれば、その時点で400万円のプラスという見方もできます。



議論の出発点を1000万円あった状態におけば、今回の提案は-600万円。議論の出発点をゼロになった状態におけば、+400万円となります。



議論の出発点をゼロになった状態に置くこと自体がおかしいと言われそうですが、果たして本当におかしいでしょうか。



上記の提案を拒否した場合に、会社側で出来ることは、大きく分けて2つ。

一つは、従業員を警察に突き出すこと。

もう一つは、従業員に民事上の責任追及をすること。

まず、従業員を警察に突き出した場合、刑事手続が順調に進めば、従業員は逮捕され、刑事裁判を受けることになるでしょう。

しかし、刑事裁判になり、従業員が処罰を受けても、それにより着服された1000万円が返ってくるわけではありません。

また、そもそも論ですが、この手の事件は、現金をちょくちょく着服することが多いのですが、会社の現金管理自体が杜撰で、何月何日にいくらやられたのかを明らかにできないことが多いです。そうでなければ、そんなに多額になるまで会社が気づかないはずがありません。そうすると、警察に突き出しても、事件化できないことも多く、そもそも処罰を受けさせることすら叶わないという事態になりかねません。

次に、従業員に民事上の責任追及をするということですが、前提として、従業員の親族等への法的な賠償請求はできず、従業員本人を相手にすることになります。上記の通り、従業員は金に困ってこんなことをしているはずで、返済能力があるとは思われず、しかも、このような事件が発覚している以上、職も失うことになるはずで、従業員相手に民事上の責任追及をしたところで、回収をすることは現実的ではありません。

実は、このような被害にあった会社に実効性のある解決手段はないに等しい状況にあるのです。



以上を前提とすると、1000万円の回収はできなくなるものの、400万円の支払いを受けられるというのは、会社にとってそれほど悪い話ではないということになってきます。通常従業員本人はお金がなく、会社が法的請求ができない親族が用意してくれるというのですから。

このような従業員側からの申入れを拒否して、警察に突き出そうとしたら、結果として事件化してもらえなかった、民事上の法的手続をとってみたけれども回収できなかったという結果となったとしたら、400万円の支払を受けていた方が得であったということになります。



議論の出発点を元々会社に1000万円あったというところにおき、思考停止してしまうと、上記の親族から調達した400万円の支払を受けるという選択をせずに、600万円の被害で済んだところを、1000万円の被害で固定することになってしまいます。



ところで、このような分析は、全て1000万円の着服被害が発生したことを前提に、それをどのように解決するかという観点でなされています。

そして、事件は実際に起きてしまっています。

そうすると、正しい議論の出発点は、やはり従業員による1000万円の着服被害が発生した後の時点だということになると思います。

あくまでも被害が発生したことを前提に、その時点でどのような解決ができるのかということを考えることが重要ということになってきます。



この事件では、従業員側は、400万円の申入れが会社に拒否された場合、警察に突き出されて刑事処罰を受けるかもしれません。自分でやったことなので、自業自得ではありますが、証拠が足りなくて事件化できるはずがないなどという確信が持てるはずはありません。また、親族の立場としても、400万円で刑事事件にもならず、本人を救えるのなら無理して出してもいいが、本人が刑事処罰を受け、さらに、賠償問題も残り続けるのであれば、無理してまでお金を出すことはしないという判断も十分あり得ます。



上記提案は、一見すると犯人側の身勝手に見えますが、それぞれの利害、思惑を冷静に検討すると、優れた解決と言えるかもしれません。



事件前の状態に戻してくれというのは気持ちとしては理解できますが、議論の出発点を事件前の状態においてしまうと、冷静な検討の機会を奪い、事件が起こったことを前提とすれば、よい解決と言えるような解決を逃すことにもなり得るので、冷静に現実を受け入れ、冷静に解決方法を模索することが重要だと思います。