弁護士 久保田 庸央
2016.12.22

事件の相手方への配慮

 弁護士は依頼者の正当な利益を実現するために活動します。

 そうすると、相手方の利益への配慮は不要のように見えます。

 しかし、弁護士が事件処理をするにあたって、相手方の利益を一切無視しているかというと、そんなことはありません。

 こんなことを申し上げると、依頼者から弁護料を受け取っておいて、相手の味方をするようなマネをするのかと勘違いされそうですが、そういうわけでもありません。

 例えば、相手方と交渉する際に、一方的に依頼者の利益にしかならない案を相手方に提示するとします。当たり前のことですが、相手方はその提示を受け入れることはありません。そうすると、相手方への提示は無駄になります。

 で、これが無駄になったというだけで済むのであれば、それほど問題ではありません。実際は、そのような提示をされたことで、相手方が怒ったり、不信感をもったり、警戒したりするようになることもあります。

 そうなってしまうと、依頼者の利益のために、依頼者に有利な案を作成して提示したつもりが、返って依頼者の不利益になってしまうということです。依頼者が早期の解決を希望しているという場合、相手方が怒って交渉を打ち切ってしまったということになれば、依頼者の不利益は大きなものとなってしまいます。

 結論としては、依頼者の正当な利益を実現するために、必要な範囲において、相手方にも配慮することが必要ということになります。

 事件によっては、強気にいってもいい事件、お願いベースの事件、どちらにも属さない事件など色々あります。お願いベースの事件は、相手方の協力がなければ、目的達成はかないませんから、気を使います。

 典型的なのが、面会交流の事件です。親権者が母親に指定されることが多いため、父親が面会交流を求めることが多いですが、面会交流の法的手続は、直接的に強制するものがありません。面会を求める側は、どうしても相手方の協力を得なければならず、無理な要求をして、相手方が心を閉ざすようなことのないように気を付けなければなりません。

 また、離婚の事件で、婚姻費用(養育費+他方配偶者の生活費)の支払が問題になる場合。この場合、離婚すれば、婚姻費用ではなく、養育費になるため、月々の支払は減ることになります。そうであれば、婚姻費用を払っている側は、多少まとまったお金を払ってでも、サッサと離婚をした方が得ということがあります。他方で、婚姻費用をもらっている側もまとまったお金がもらえるのであれば、悪い話ではありません。相手にとっても利益になる側面があれば、そういう提案をすることになるのです。

 そして、強気に行っていい事件。よくあるのは、交通人身事故の被害者側の損害賠償請求です。一般の金銭請求は、裁判に勝っても相手から回収できるかを考えなければなりませんが、交通事故の場合は保険会社がいるので、裁判に勝ちさえすれば、回収の問題は生じません。回収の問題があるときは、相手に納得してもらって解決しないと任意の支払を受けられるか分からないということがありますが、そのような配慮をせず、強気にいけるのです。因みに、保険会社の提示金額は低いことが多く、裁判をすればほぼ確実に金額が上がると言える状況にあります。

 そんな中で、保険会社に受任通知を送り、極まれですが、依頼者に保険会社が当初提示した金額と全く同じものを弁護士に対して提示されることがあったりします。この場合は、保険会社の再提示を宣戦布告とみなして直ちに訴訟提起することになります。依頼者は保険会社の提示が不満で弁護士に相談しており、弁護士費用をかけているのに、当初と同じ案で承諾するはずがないわけです。しかも、裁判をすれば金額が上がるというのに…。

 保険会社から見たら相手方にあたる弁護士の依頼者が、なぜ、そして、どういう意図で弁護士を立てたのか、少しでも考えたら、そのようなことをすると、火に油を注ぐことになることは分かるものと思います。

 依頼人の利益の実現のため、火に油を注ぐようなことはせず、相手方ともうまくやっていこうと思っています。