弁護士 鍛冶 孝亮
2016.04.15

お紺昇天

1 SF作家で知られる筒井康隆さんの作品に『お紺昇天』という作品があります。
近未来が舞台の作品で、その頃の自家用車には人工頭脳が埋め込まれ、自動で運転してくれるだけでなく、人間と会話することができるようになっています。
この作品には、色がコバルトブルーなので「お紺」と名付けられた自動車とその持ち主が出てきます。
お紺が持ち主に対し、部品の調子が悪くなりスクラップ場に行かなければならないと言いだすところからスタートします。
持ち主は、部品を取り換えれば良いだけだと言いますが、契約上、古い車が使えなくなったら必ず新しい車を買わなければならないので、それはできないとお紺から説得されます。
結局、持ち主は修理をすることを諦めますが、スクラップ場まで見届けることを決意するというものです。

2 実は最近、私も約5年半乗っていた自動車(マークⅡ)を手放すことになりました。
司法修習生のときに購入した自動車で、中古で購入したため、その時点で走行距離が約7万5000キロでした。
この自動車を引き取ってもらうときにメーターを確認したところ、約19万5000キロでした。この5年間で12万キロ走行した計算になります。
地球1周が4万キロといわれておりますので、地球3周分走行したことになります。
道東で弁護士の仕事をする場合、裁判所や警察署へ行くためには、自動車を利用せざるを得ませんので、このような走行距離になったと思います。

3 「愛車」という言葉があるように、毎日のように乗っている自動車には愛着を感じるものではないでしょうか。
 私もいざ愛車を手放すとなると、いろいろな出来事を思い出しました。
 お紺の持ち主も、スクラップ場へ行くまでの間、お紺と思い出話をします。
 持ち主は、持ち主の妻が出産のため急いで病院へ行かなければならず、大雨で道路が冠水している中、病院まで走らせたことを思い出しました。その際、お紺に無理な運転をさせてしまったことで、部品の調子が悪くなってしまったのではないか、そのことが原因で寿命を早めてしまったことを謝罪する場面がありました。お紺は「そんなことはない」、「自分を苦しめるのはやめて」と持ち主をなだめます。また、お紺の「天国へ行っても、ロボットと人間は、区別されるの?」という問いに対し、持ち主は、「魂だけなら、ロボットも人間も同じことさ」と答え、お紺が「安心したわ」と答えます。この部分は、自動車が話しているとは思えないほど人情的に書かれていると思います。
 私も、マークⅡにはほぼ毎日乗っていましたので、書ききれないほど多くの思い出があります。
 根室の裁判所の帰り道で、猛吹雪のため、足止めになったときもありました。特に冬は、道路状況が悪い中でも自動車で移動しなければならないことも多く、運転には神経を使いました。また、夏に遠軽町へ向かっている最中、山の中で突然雹(ひょう)が降ってきたこともありました。夜山道を走っていると、突然鹿が道路に出てきて、衝突しそうになったことが何度もありました。
 妻と初めてドライブデートをしたことも思い出されますし、指輪を買いに高速道路を利用して札幌へ行ったことなども思い出されます。
 トラブルでいえば、回転寿司屋の駐車場に自動車を停めておいたところ、他のお客さんの運転ミスでぶつけられたということもありました。駐車場での事故に関し、代理人として裁判を担当することは多々ありますが、まさか自分が当事者になるとは思ってもいませんでした(ぶつけた方は保険を利用して修理してくれましたので円満に解決しています)。
出張のため空港へ向かっているときに、交差点で突然エンジンが落ち自動車が動かなくなったことがあります。あのときはものすごく焦りました。車屋さんにすぐに来てもらい、無事に飛行機には乗ることが出来ましたが、相当の距離を走行しているため部品にガタが来ていると言われ、その頃から買換えを考えるようになったのです。
 マークⅡに乗っていた約5年半、駐車場のポールに擦るなどの軽微なものはありましたが、無事故無違反であったことも本当に良かったと思います。
  
4 マークⅡは、車屋さんに引き取ってもらいました。今後どうなるのか尋ねてみたところ、廃車にはせず、しばらくは車屋さんで使用してくれるとのことです。愛車を手放した後、その愛車がどうなるのか気になる人も多いのではないでしょうか。
 小説の最後で、他の自動車から「あんたのボスって、すごくやさしい人だったのね」と言われたお紺は「わたしって、とてもしあわせだったわ。何てしあわせだったんでしょう」と答えます。そして、持ち主は、「何て、すばらしい車だったんだろう」と呟きます。
 今はもう新しい自動車に乗っており、新しい車にも慣れてきました。
 いずれ、今の自動車とも別れる日が来ることになりますが、それまでにいろいろな思い出を作っていければと思います。