最高裁平成28年3月1日判決~認知症と電車事故~
愛知県で認知症の91歳の男性が電車にはねられ、死亡した事故を巡り、JR東海が家族に対し、列車に遅れが生じ損害を被ったとして損害賠償を求めた事件で、最高裁は、今月1日、男性の遺族に損害賠償義務はないという判断をしました。
一審は、家族(妻と4人の子)のうち、妻と別居中の長男に賠償義務を認めました。
高裁は、これを修正し、妻だけに責任を認めました。
最高裁は、両者とも責任を否定しました。
最高裁の判断のポイントは、この長男や妻が民法714条1項の法定の監督義務者にあたるか否かに関する点です。
法律の話になりますが、認知症でも精神病でも、症状が進んで、ある一定のラインを超えると、患者本人は、民事上の損害賠償責任を負いません。また、子どもも大体11歳以下の場合、賠償責任を負いません。
このような者を、法律用語では、責任無能力者と言います。
もっとも、責任無能力者の行為によって、損害を被った「被害者(原告)」としては、「加害者」が、子どもであれ、認知症高齢者であれ、精神病患者であれ、相手にお金を払ってもらいたいと思うはずです。
そこで、責任無能力者を「監督する法定の義務を負う者」(法定の監督義務者)に損害賠償義務を認めたのが、民法714条1項です。
今回の事案に戻ると、妻は、事故の当時、85歳で、要介護1の認定を受け、長年同居していた方。長男は、介護を補助していたものの、20年以上別居していた方。
このような事情を考慮し、最高裁は、家族は、法定の監督義務者(及び、それに準ずる地位)に当たらないという判断をしました。
高齢社会の現代において、介護におけるマンパワーも不足しがちであること、多くの家庭では老老介護という事情があり、常時家族が見守るということは不可能になっていること等の実態を考慮した妥当な判断がなされたように思います。また、無償で介護にあたる家族に過度な責任を負わせないという価値判断も穏当なものでしょう。
以下は余談ですが、今回の最高裁判例をみると、上の例でいう「被害者(原告)」はJR東海という大きな会社なのですが、「加害者」である、認知症の男性は亡くなっているのです。
そうすると、判官贔屓的に「当然の結論だ。JR東海が損害賠償請求をするなんてけしからん!最高裁の判断に異論はあり得ない!」という考えもありうると思います。
ただ、例えば、被害者が個人だった場合や、認知症高齢者・精神病患者の行為によって被害者が亡くなってしまった場合など、事案を少し変えるとどうでしょうか。
本当に、監督義務者に損害を一切、賠償させなくてよいのか?という疑問は残ります。
事案によっては、直感的にはなかなか決められない、難しい問題があります。
また、最高裁判決で示された基準によれば、精神病の患者の家族が責任を負う場合もあるように読めます。
家族に責任が認められるかは、精神障害者自身の生活状況や心身の状況、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、財産管理への関与の状況などを考慮し、総合的に判断されます。
一言で言えば、家族が自ら危険を引き受けたといえる場合には責任を負うということですが、そのような判断は個別の事情によりますし、専門的な判断が必要となります。今後は、新たな補償制度を創設する等、社会的なインフラの整備が必要となるかもしれません。