弁護士 小田 康夫
2022.08.03

「いじめ」「重大事態」の守備範囲が広いことの副作用?

先月、釧路弁護士会にて「いじめ調査」に関わる研修があり、私も参加しました。
序盤は、いじめ防止対策推進法の制定経緯や改正状況が説明され、中盤~終盤には具体的なケースを前提にいじめの調査の考え方や一般的な調査手法について知見を深めました。

いじめ防止対策推進法が想定している「いじめ→調査」の流れは、
かなりシンプルに言えば、ここすぐに気になるのは、「重大事態」の意味ですが、
重大事態とは、「一」として「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。」「二」として「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。」とされています。

簡単に言うと、
いじめという加害行為と、
重大な被害(相当期間の不登校を含む)という結果が、
結びついているときが、「重大事態」というわけです。

加害行為
↑↓
重大な被害
また、特徴的なのは、この結びつきは、法的に厳密(≒客観的)な結びつきというものまでは不要で、その「疑い」があれば良いとなっています。「疑い」というのは、客観的な結びつきより広く、やや曖昧な概念です。

また、同法によると「いじめ」は、「心理的又は物理的に影響を与える行為(インターネットを通じて行われているものを含む。)」とされ、いわゆる「被害者がいじめと思ったらいじめ」という主観的な概念となっており、その守備範囲も、かなり広いものとなっています。このように法が曖昧かつ広い守備範囲を採用しているのは、やはり、いじめによる重大な被害を一つも取りこぼさないようにしたい、いじめ調査の開始は(調査開始要件だけでも)、緩やかにすることで、被害の早期発見・被害拡大防止のために、問題事例を広く捕捉したい、という社会の強い要請に基づくものと言えるでしょう。

しかし、「いじめ」の概念や調査開始要件が極めて広範囲であることは、必ずしも、被害拡大防止という目的に結びつかないかもしれません。というのも、「いじめ」という概念は、曖昧かつ広範囲ですから、多くのケースが「いじめ」に該当してしまう以上、一旦、「いじめ」、「重大事態」の「疑い」に認定されてしまうと、いじめ調査の名のもとに、存在しないかもしれない「いじめ」の加害者特定作業がスタートしてしまう可能性があります。更に進んで、意識的にせよ、無意識的にせよ、一旦、加害者特定作業がスタートしてしまえば、過去のえん罪を見れば明らかなように、無罪・無実の人を「いじめ」の加害者にでっち上げてしまう可能性があります。確かに、調査手法として、加害者の特定は、慎重に慎重を期して行うものであり、ミスがないよう、運用面でも専門家が介入するなどの工夫はなされていますが、例えば、加害者が複数人に及ぶ場合は、司法の場でも極めて熾烈に共犯者の認定が争われる類型でもありますから、いじめの加害者(グループ)の特定は、極めて難しいものになるでしょう。また、「いじめに該当しない」という結論になった場合、調査手法の行き過ぎなどがあると、いじめ調査の名の下のいじめの「加害者」として調査対象とされてしまった子どもに、負のレッテルを張り、調査対象者に心理的苦痛を与えることに繋がりかねませんし、逆に、いじめの「被害者」は「嘘つき」呼ばわりされかねず、将来の学校生活に支障をきたしかねません。そもそも、「いじめ」概念を拡張すればするほど、「いじめに該当する」/「いじめに該当しない」という(法的な)二分論をいやがおうにも採用するということになり、本来、いじめに該当しない場面でも、学校現場に、少なくとも疑心暗鬼や混乱、調査にあたっての時間的・精神的負担などを生じさせます。「いじめ」概念や調査開始要件が広範囲であることは、無用な混乱等を生み、調査対象者に負のレッテルを張るなどの心理的苦痛を与える可能性を含み、さらに、数は多くないでしょうが、いわゆるえん罪に近い事態につながる可能性をはらむことになる。とすると、「いじめ」概念や調査開始要件が広範囲であることは、被害拡大防止の目的に資するどころか、むしろ、ありもしない「いじめ加害者」のレッテル張りなどによる新たないじめを助長し、別のいじめ被害を拡大再生産させる余地があります。

誤解がないように念のため、指摘しますが、もちろん、いじめ被害をなくすことが極めて重要である点に疑念を挟むものではありません。また、私も微力ながら、学校でのセミナーなどを通じて、いじめ被害をなくすべく活動をしているところです。保護者などから申立てがあれば、早期にいじめ・いじめ重大事態調査を行うなどの仕組みにより、いじめ被害を学校側が隠ぺいすることがないよう、いじめ被害の早期発見を目指すことが重要である点も理解しています。しかし、学校は子どもたちが、集団で、かつ、仲間と多くの時間を過ごす場である以上、多くのいざこざが生じうる場でもあり、法の規定通りに行くと、「いじめ」や「いじめ調査」開始対象は無数に拡張され、上記のような混乱等が生じる可能性がありますし、さらに、本来的にすぐに対策をとらなければいけない重大なケースに、有限なリソースを割くことができない事態が生じるかもしれません。その意味で、「いじめ」該当性や調査開始対象を適切に限定することは今後必要であるように感じます。