弁護士 荒井 剛
2022.05.25

裁判とIT

今の時代、外出先から携帯電話やタブレット端末のインターネットを経由し、エアコン、空気清浄機、炊飯器といった家電のスイッチを入れたりすることができます。あらゆる物がインターネットにつながることを意味するIoT(Internet of Things)、一昔前では考えられなかったですね。

また、税務申告書の提出や不動産登記の申請等、これまで紙ベースで作成して提出してきた書類等もIT化が進み、オンライン申請が可能になっております。郵便局の内容証明郵便に至っては、すでに20年前の2001年から電子内容証明郵便サービスを開始されています。

ただ、そんな中、なかなか「裁判」の世界でのIT化は進みませんでした。そのため、原則として、すべて紙ベースで訴状等の書類を作成し、これを複数コピーし、大量の書類とともに裁判所に提出する必要がありました。

また、基本的に、当事者もしくは代理人は、実際に、裁判所に出頭する必要がありました。民事裁判手続の一部では、電話会議が利用され、毎回、現実に裁判所に出頭しなければならないわけではなくなりましたが、たとえば、証人尋問が行われる場合や裁判・調停上の離婚が成立しそうなケースでは、弁護士が代理人についていたとしても当事者本人が必ず裁判所に出頭しなければならないとされていました。

アメリカ、イギリス、ドイツ等の先進諸国のほか、アジアでもシンガポール、韓国では裁判のIT化が進んでおり、日本は遅れを取っていると言われていましたが、ようやくここ日本でも裁判の全面IT化を実現させる法律(改正民事訴訟法)が成立し、2025年までに、訴状の提出から判決に至るまでの民事裁判手続がすべてオンライン化されることになります。

弁護士がついていない場合、訴状等の提出はオンラインによる方法とこれまでと同様の紙ベースで提出する方法と選択することができますが、弁護士の場合には、オンライン提出が義務付けられることになりました。

今でも手書きの訴状等を提出する伝説のような弁護士が一定数います。絶滅危惧種です。しかし、今回の法改正により、パソコンすら使えない弁護士が本当に絶滅してしまうことになりそうです。

私も置いていかれないようにしたいと思います。

裁判のIT化が進めば、遠隔地の裁判所に裁判を起こすことが容易になるというメリットがあります。実際に遠隔地に行く必要がなく、また、弁護士に依頼することになったとしても弁護士に遠隔地に行ってもらう必要もないことになります。そのため、弁護士の旅費、日当も抑えられることになるでしょう。

もともと裁判や調停は、原則として、被告や相手方の住所があるところの裁判所で行うとされています。そのため、裁判所が遠いという理由でこれまでであれば裁判や調停を控えざるを得なかった場合でも、遠隔地の裁判所に対し、オンラインで裁判や調停を行うことが可能になったということになります。

これは、東京、大阪等の弁護士が、地方の事件を、地方の裁判所に起こしやすくなったということができます。

依頼する側の視点からすれば、依頼しようとする弁護士の選択の幅が広がるという意味ではメリットがあるといえるかもしれません。一方、地方の弁護士からすれば、東京等の弁護士が地方に進出しやすくなるという意味で心配してしまうところです。

たしかに、メールやウェブを使っての打ち合わせは可能ですし、裁判もオンラインでの手続きが可能になりますが、実際には、依頼者本人と直接会って話を聞き、手元にある資料などを見ながら打ち合わせを重ねることで、依頼者との信頼関係を築き上げることになりますので、そう簡単に、都会の弁護士が地方の相談者の事件の相談を受け、事件を受任することもないと思いますし、地元の弁護士の必要性がなくなるわけではありません。

それでもかつての過払金請求事件のように、東京等から地方にわざわざ出張法律相談会を開催し、定型的な処理で解決可能と思われる案件だけを受任し、そうでない事件は受任しないといった不誠実な対応をしてきた弁護士連中は、裁判のIT化に合わせ、労せず、報酬を得られるような事案だけを食い物にしようと再び地方に触手を伸ばそうと躍起になるのではないかと危惧しています。

それでも依頼者側にとって不利益な解決にならないのであればいいです。
しかし、全国展開しているような事務所の弁護士に依頼していたが、結局、リアルでの打ち合わせがなかなかできない結果、辞任されてしまい、困っているという相談を現実に何件か受け、その事後処理を受任したことがあります。

裁判のIT化が進んだとしても、結局、事件を依頼するかしないかは、依頼者が最終的に判断することになります。そして、事件を依頼するか否かを判断する際には、やはりリアルで弁護士と相談していただきたいなと思いますね。