弁護士 荒井 剛
2021.01.27

裁判外だから8割でどう?

被害者の代理人として損害賠償請求の示談交渉をしていると、相手方から、「裁判外だから8割」の賠償額でどうかと言われることがあります。

典型的なのは交通事故の賠償事件です。
その場合、交渉する相手方は、加害者本人ではなく、損害保険会社が多く、
保険会社の担当者が必ず言ってくるのが「裁判外だから8割」というセリフです。

このセリフは一体何なのでしょうか?

裁判になる前であれば、損害額が8割と法律で規定されているわけではありません。
しかし、保険会社の担当者は、ほぼ例外なく言ってきます。

これはとある裁判官が講演をした際、示談の手引の本に、訴訟の8割程度で妥協せよという記載があると紹介したことがきっかけになっていると言われています。しかし、その趣旨は、当時の任意保険会社の支払基準があまりにも低すぎて、賠償額の8割に達しているケースがほとんどないことを批判しようとしたのであって、裁判外だから8割で妥協すべきと言っているものではないと思います。ところが、保険会社は、あたかも裁判外であれば8割で妥協すべきと裁判官が言っていると曲解しているように見受けられます。

そもそも8割といっても基準となる賠償額をいくらにするのかによっても金額が違います。
交通事故の場合、自賠責基準、任意保険基準、裁判基準と3つの賠償基準があると言われています。一番低いのが自賠責基準で、一番高いのが裁判基準です。たとえば、後遺障害14級の慰謝料を例にとりますと、自賠責基準の場合、慰謝料部分としては32万円ですが、裁判基準では110万円となり、大きく違います。したがって、8割という場合、それが裁判基準の8割なのかどうかによって金額が異なります。もともと、自賠責基準で賠償額を提示されたため、その後の示談交渉を弁護士に委任したところ、保険会社から、裁判基準で算定し直してくれたものの裁判基準の8割の金額を提示されたという場合であれば、当初の提示額より相当増額されているため裁判をする時間と費用を考えれば裁判基準の8割で和解するという選択は十分ありえるところです。

ただ、裁判基準や自賠責基準といった基準では判断できない要素があります。たとえば、過失相殺です。被害者にも前方確認不足、車間距離保持不足など一定の落ち度があるような場合には、被害者側の過失と評価され、賠償額が減額される場合があります。

したがって、裁判になった場合、過失として何割評価されるかわからないというケースがあります。そうすると、裁判になれば、予想よりも多く過失相殺されるリスクがある以上、過失割合が問題になるような事案の場合、保険会社から、当方の主張する過失割合を認めるので、損害額は8割で飲んでくれと言われた場合には、これに応じることは十分にあります。

しかし、停車中に後ろから追突されたケースのように明らかに被害者に落ち度がないケースにおいて、何も考えずに、つまり、裁判基準、任意保険基準という賠償基準をまったく意識することなく、「裁判外だから8割でどう?」と言ってくる保険会社の担当者をみかけるといかがなものかと思います。また、当然のように「裁判外だから遅延損害金もカットで」と言ってきます。元本を8割にするので、遅延損害金も8割で、というのであればわからないでもありません。しかし、裁判前だからといって、なぜ、理由もなく元本を8割にし、かつ、遅延損害金を全面的に当然のようにカットしなければいけないのでしょうか。

交通事故による怪我が軽度で、賠償額も50万円前後という事案であれば、賠償額の2割も遅延損害金自体も少額ですので、裁判費用と時間をかけてまで頑張る実益はないという理由で和解に応じることはありえます。

しかし、重傷事案や死亡事故の場合には、賠償額の2割や遅延損害金だけででも優に数百万円にもなります。そうすると、さすがに安易に早期解決という理由だけで8割、また、遅延損害金カットの提示に応じることにはならないと思います。

結局、事案によりけりということになりますが、過失割合、後遺障害の有無、程度、支払基準、裁判費用、裁判の見通し等、様々な要素を総合的に判断し、結果的に賠償額の8割で和解するということはありますが、ただ、裁判前だからというだけで短絡的に「8割で」とか、「遅延損害金全面カット」と主張してくる担当者の多さに辟易します。保険会社も支給金額をできるだけ抑えたいという事情があるため減額交渉をするのは理解できますが、あまりに裁判外という点に執着し過ぎてはいないかと思います。

しかも、「裁判外だから8割でどう?」という短絡的な賠償額を提示する担当者は、多くの場合、こちらが1週間程度返事をしないと検討状況を知らせろと不満めいた電話をしてきます。そのような担当者に限り、こちらから賠償額を提示した場合には平気で一月や二月も検討結果を知らせず放置したりします。本当に意味がわかりません。

結果的に8割で和解になったというのと、裁判前だから当然に8割で和解したというのとでは雲泥の差があります。