弁護士 鍛冶 孝亮
2020.12.15

100年後に繋がる署名活動

1 令和2年11月19日、「桃太郎電鉄~昭和 平成 令和も定番!~」というNintendo Switchのゲームソフトが発売されました。
  「桃鉄」と略される有名なゲームシリーズの最新作です。
  このゲームの中身を簡単に説明すると、プレイヤーはサイコロを転がして、目的地となる日本各地の駅を巡ります。各駅には物件があり、プレイヤーは目的地に到着したことでもらえる援助金などで物件を購入し、その物件から得た収益をもとにさらに物件を購入し、最終的に一番資産が多いプレイヤーが勝ちというボードゲームです。有利進めるためのカードやイベントが多数あり、頭を使わなければ勝利できません。
  各駅にある物件は、それぞれの土地の実在する企業や施設が元になっています(例えば、札幌駅の「羊ケ丘ドーム」、旭川の「最北端動物園」、帯広の「バターサンド屋」などです)。
  このゲームには、釧路駅も存在します。
釧路駅の物件の一つに「パルプ工場」があります。シリーズの当初から存在していた物件ですが、次期作でこの物件はなくなっているかもしれません。

2 令和2年11月5日、衝撃的なニュースがありました。
  令和3年8月をもって、日本製紙の釧路工場が紙・パルプ事業から撤退するというものです。
  撤退の理由は、デジタル化(ペーパーレス化)や新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、紙の国内需要が低迷しているからと発表されています。
撤退のニュースを聞いて、地域住民で驚かなかった人はいないと思います。
  日本製紙釧路工場と釧路との関係は100年の歴史があります。
  もともと釧路市鳥取地区は、釧路工場とともに発展した地区といわれています。
  釧路工場の近くに、JR北海道の新富士駅があります。これは、過去に釧路工場を操業していた富士製紙からの請願により設置された駅です。
  漁業、炭鉱業とともに、製紙業は釧路市の歴史の1つになっています。

3 釧路工場の近くにあった十條サービスセンターという大型商業施設の名前を聞くと懐かしさを覚える人も多いと思います。
  日本製紙釧路工場は以前十條製紙が経営していましたが、釧路工場周辺に住んでいる従業員の福利厚生のために作ったのが、この十條サービスセンターです。
十條サービスセンターでは、食料品、医薬品、雑貨、化粧品、貴金属、時計、文房具、カメラ、レコード、衣料品などが販売され、フラミンゴが放し飼いされていたオアシス広場や結婚式もできる催事場もありました。
2階建てではありましたが、デパート並みの商業施設といえます。十條サービスセンターのテーマ曲もあり、店内で流れたことも覚えています。
私が住んでいた白糠町から釧路市へ買物に出るとなると、一番近い商業施設がこの十條サービスセンターだったので、よく連れて行ってもらったことを覚えています。誕生日やクリスマスといったイベントがあると、祖父にプレゼントを買ってもらった場所でもあります。
釧路市のソウルフードといわれているスパカツの泉屋やジョイパックチキンもこの十條サービスセンター内にありました。
 十條サービスセンターは、移動販売車による営業も行っていました。白糠町でも営業しており、近所の空き地に停まっている移動販売車へお菓子を買いに行ったことを覚えています。
 「十條サービスセンター」とインターネットで検索すると写真などを交えて説明をしているブログを発見しましたので、興味のある方は検索して御覧になってください。
 平成5年には十條製紙から日本製紙となりましたが、私の中では、新釧路川沿いの十條製紙の工場や慣れ親しんだ十條製紙サービスセンターの存在が忘れられません。

4 平成11年には十條サービスセンターも閉店してしまいました。
  もしかしたらこの頃から、日本製紙釧路工場と釧路との関係に不安な影が見えていたのかもしれません。
  昭和24年に「十條製紙釧路アイスホッケー部」として創部し、平成3年からは「日本製紙クレインズ」として活動していたアイスホッケーチームも令和元年には廃部となっています(現在は「ひがし北海道クレインズ」として活動しています)。
  かつて日本一の水揚げ量を誇っていたことや日本唯一の炭鉱がある町として社会の教科書にも載っていた釧路市ですが、漁業は衰退し炭鉱も閉鎖となっています。
  そして、100年の歴史がある日本製紙釧路工場も撤退するとなると、釧路地区の経済に与える影響は計り知れません。
  釧路市が行った調査によれば、釧路工場やその協力会社などと取引がある企業はおよそ300社あり、年間の取引総額はおよそ84億8000万円とのことです。釧路工場自体の生産額は年間300億円あまりで、あわせると経済的な影響額はおよそ380億円を超えるということです。
  釧路工場がなくなってしまうと、取引先の企業の売上にも大きな影響を与え、さらにその企業が釧路市からなくなってしまうという悪循環が生じます。
  また、釧路市や北海道に入る税金にも大きな影響を与えます。
  会社が支払う地方税のうち、ぱっと思いつくものだけでも、法人住民税、法人事業税、地方消費税、固定資産税、自動車税があります。
  前記のとおり、釧路工場の生産額の規模からすれば、撤退により上記の地方税の税収が大きく減ることは明らかです。
  会社だけではなく、約250名いる従業員やその家族が仮に北海道を離れてしまうとなると、道・市民税、固定資産税、自動車税の減収が生じます。
  税金の話ではないですが、従業員やその家族が、釧路市から離れることで、  スーパーなどでの買物、ガソリンスタンドでの給油、アパートや借家からの退去、車検などの自動車整備などの経済活動も失われます。

5 日本製紙釧路工場の撤退について、釧路市の蝦名大也市長は、東京の日本製紙本社を訪問して再考を求めました。行政だけではなく民間もすぐに動き始めました。
  現在受付期間を令和2年11月30日から12月13日までとして、釧路商工会議所が主催となり、日本製紙株式会社釧路工場紙・パルプ事業撤退の再考を求める署名活動を行っています。
  
 ■ 日本製紙株式会社釧路工場 紙・パルプ事業撤退の再考を求める署名について
  https://www.city.kushiro.lg.jp/sangyou/b_shien/yuuchi/page00024.html
  私も、令和2年12月5日(日)、イオン釧路町で、釧路商工会議所青年部のメンバーとして、署名活動を行ってきました。
  屋外での寒さを感じる署名活動でしたが、多くの方が足を止めて署名に協力していただけました。釧路市だけではなく、釧路市以外の方からも署名をいただきましたし、十代の若い世代からも積極的に署名をしていただきました。
  今週末も以下の店舗で10時00分から14時00分まで署名活動を行います。
  このコラムを御覧になった方で、店舗を訪れることがあれば是非御協力いただくようお願いします。
  (店舗)
   ホーマック鳥取大通、イオン釧路昭和店、イオン釧路店、コーチャンフォー釧路店

6 新聞や書籍の電子化より、紙の需要が落ち込んでいたところ、新型コロナウイルスの猛威により、対面での会議がなくなり資料が電子データとして配布される、飲食店などのチラシの需要がなくなるということが、日本製紙に釧路工場の撤退という判断をさせたのかもしれません。
漁業の低迷や炭鉱の閉鎖と同じように、時代の流れとして釧路工場の撤退を簡単に受け入れることができる人はいないはずです。
  撤退は受け入れられないことですが、大きな企業が決めたことだから何万人が署名活動を行っても結論は変わらないから意味がないという考える人もいるかもしれません。
しかし、地域住民の大多数の署名が集まれば、全国的なニュースになるかもしれません。ニュースになれば世間やマスコミが注目することになります。
世間やマスコミが注目するのであれば、大きい企業ほど慎重に事を進めるのではないかと思います。
撤退を再考することで、撤退を撤回させることができるかもしれませんし、仮に撤退をするとしても、全部ではなく一部となることや時期が遅くなるかもしれません。可能性は0%ではないと思っています。
  日本製紙釧路工場は釧路市にとって必要であるということを理解してもらうために、地域住民ができる有効な方法は署名だと思います。
  釧路市の空に、100年後も釧路工場の煙突から煙が立ち上っていることを願い、まずは署名という形で、撤退を回避することは地域住民の総意であることを伝えていくことが重要だと考えています。