弁護士 小田 康夫
2020.04.09

パワハラを防ぐには

働き方改革の一環として、
いわゆるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されます。
大企業は2020年6月から、中小企業は、2022年6月からです。
ハラスメント対策は、今や、企業のコンプライアンスの肝になりつつあります。





今回の改正法では、パワハラの定義が具体化されました。
定義は少々わかりにくいので、ポイントだけ示しますと、
①職場において
②優越的な地位をもって
③不相当な言動をすること
です。

①職場
あくまで今回の改正法の名宛人は事業主です。
基本的に家庭内や職場外で起こることは対象になっていません。
ただ、最後に述べるとおり、ハラスメントはすべての人が気を付けるべき問題です。

②優越
上司から部下に対するものを基本としています。
上下関係がある場面では特に注意が必要です。
ただし、上下関係に限定するものではなく、例えば、異動したての上司に現場の部下らが結託して指示に従わないというケースではパワハラに該当するでしょう。

③不相当
肉体関係を強要するなどセクハラは明らかに業務上の必要性がないケースが多い一方、
意図的ないじめのようなケースを除くとパワハラの多くは、業務上の指導の一環としてなされます。
相当な範囲を超えている場合のみ違法性が認められます。

では相当な範囲を超えているか、どうか。
それはどのようなケースでしょう。

パワハラに関する指針の中で典型的な6類型という提示しました。
(厚生労働省HP:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07350.html

①身体的な攻撃
②精神的な攻撃
③人間関係からの切り離し
④過大な要求
⑤過小な要求
⑥個の侵害

まとめると、
①上司が部下に暴力をふるったり(体罰)、
②精神的に追い詰めるように繰り返し、暴言を吐いたり(精神的虐待、モラハラ)
③職場からの排除したり(孤立化、いじめ)
④⑤仕事を与えすぎたり、与えなかったり
⑥プライベートな質問を繰り返したり
はダメということです。

では、会社として
「発覚した場合にどう対応したらよいか」

対応策は、基本的にセクハラと同様です。具体的な対応方法は、以前のコラムでも紹介しましたが(http://www.ak-lawfirm.com/column/1124

■相談窓口をあらかじめ定めること
■職場でハラスメント被害があった場合は、事実関係を確認すること
■事実確認ができた場合には、速やかに被害者に適切な対応すること

ケースバイケースですが、
加害者の行為が是正されるような措置、例えば、
加害者に口頭注意をしたり(けん責)
加害者を別の部署にしたり(配置転換)
非常に悪質なケースでは、
弁解の機会等を与えた上で加害者に対する解雇(懲戒解雇)
も検討する必要があります。

被害者としては、
うつ病等の疾患が生じ、休業を余儀なくされた場合には、
労基署に指導、勧告を求めたり(後述)
会社に休業補償を求めたり
退職に追い込まれてしまった場合には、未払給与の支払いを求めたり
することも検討するべきです。
まずは専門家に相談してください。

今回の改正法では、
労基署の指導、勧告のほかに、

公表

という措置が可能となりました。

勧告を受けたにもかかわらず、適切な再発防止措置を取らない場合には、企業名が公表され、対応のずさんな企業であることを内外に示されることとなります。SNSにより容易に情報が拡散される時代ですから、公表により、企業価値が低下するレベルは深刻で、会社の存立すら危うくする可能性があります。




なお、パワハラの加害者に懲戒処分を会社として行うにあたっては、
例えば、就業規則に

「第●条(職場のパワーハラスメントの禁止)」
という項目を置き、
「(懲戒の事由)」として
「従業員が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第○△条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。」「(職場のパワーハラスメントの禁止)第●条に違反したこと」

という懲戒解雇の条項を入れておくことが必要です。といいますか、このような条項をいれておかないと懲戒解雇ができません(労働基準法89条9号)。就業規則を変更する場合は労働基準監督署長に届出と従業員への周知が必要です(労働契約法11条、労働基準法89条、90条)。










以上は
「パワハラが起こってしまったらどうするか」
というテーマですが、

会社としては、パワハラが起こる前に、
「パワハラを防ぎたい」
という部分が一番の課題でしょう。

抽象的には
「ハラスメントのない職場環境を整備すること」
が必要です。

しかし、その中身、一番知りたい「職場環境」のところは、
改正法に、答えが書いてありません。
法は、多くの場合、理想の姿ではなく、最低ラインのルールでしかないからです。

会社のあり方は多様ですから、
「パワハラのない、より良い会社のあるべき姿」
は、皆さんが考えていく必要があります。

例えば
■部下が質問しやすい場を作る
■大きな目標を、チームで、共有する
■待遇を強化する

あなたの会社は
職場が忙しすぎて、会話がなく、コミュニケーションの乏しい職場になっていませんか?
目の前の作業だけに追われて、最終的な社会的課題解決の視点を忘れ、大きな目標(企業としての社会的意義)を見失っていませんか?
経営者と従業員との間に不平等感が醸成されやすい格差が生じていませんか?

ただ、現在は、
コロナウイルスによる社会不安、
経営基盤の不安定化もあり、
社内全体のシステムを変更することは難しい時期かもしれません。
だから、個々人で、始められるところからやってみるというのは、
どうでしょう(いわゆるスモールスタート)。

明日からできることとしては
■具体的な指示を出す
■部下をほめる
■失敗して当然という心構えを持つ

■具体的な指示を出す
抽象的に「いつまで新人だと思っているんだ」「ばか」「ちゃんとやれ」という指摘をしても何をどのように作業を進めるか、部下にはよくわかりません。抽象的なコトバを使わず、「●●という目標の達成には、いついつまでに●■が必要。その準備として■■という作業がある。」という説明をしましょう。日常的な雑務に追われ、自分自身が忙しくても、部下のために時間を割き、具体的な指示を出し、質問に答える余裕が必要です。
■部下をほめる
部下の自尊心を尊重し、自立を促しましょう。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えてください。魚(結果・結論)だけを与えられても、仕事は面白くなりません。プロセスに工夫を加えて成果を出して、ようやく仕事の達成感が生まれます。そして、それが達成出来たら、上司は、律儀に、部下をほめること。「やってみて、いってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」です。
■失敗して当然という心構えを持つ
部下を育てることは子育てと一緒です。子どもができないからと言って、怒っても仕方がありません。一緒に楽しく成長しましょう。

働き方改革の流れで、外部から講師を呼び、ハラスメント研修を受講するなどの対応も、各社で始まっています。私も荒井弁護士と一緒に、セクハラの研修講師をしましたが(http://www.ak-lawfirm.com/column/1124)、役員のみならず、従業員も参加対象でした。ハラスメントの基本的な理解は、いわば企業を構成するすべての者、さらにあらゆる世代に浸透すべきものです。職場でも、家庭内でも、子育てでも、自分の説明が具体的か、その説明に相手がちゃんと納得しているか、時間をさいて自分の考えを大切な人に伝えているか。今回の改正法は、わが身を振り返り、人を育てることの意義を考えてみる良い機会かもしれません。