弁護士 久保田 庸央
2020.03.19

証明責任による決着

 紛争が発生して、話し合いで解決できなければ、裁判でシロクロつけることがあります。
 裁判で真実を明らかにし、裁判所に適正な判断を下してもらうということです。

 ただ、裁判官も神様ではなく、人間なので、いつでも真実が分かるとは限りません。
 裁判官は、裁判にあらわれた証拠に基づいて正しいと考える事実を認定する等して判断を下すわけですが、証拠がなかったり、足りなかったりすれば、必ずしも真実にたどり着けるかは分からないということです。

 裁判手続を進めていって、ある事実が争点となっているときに、裁判官の心証としては、その事実が①あった、②なかった、③分からないの3通りがあり得ます。
 証拠に基づいて事実が①あった場合や、②なかった場合は、その事実の有無に従って判断を下せばよいので、特に問題はありません。
 では、③の分からない場合どうするのか。
 これには、証明責任というルールが定められており、証明責任を負っている側に不利な取り扱いをすることになっています。
 例えば、貸したお金を返せという裁判の場合、金銭の交付と返還約束について、原告側が証明責任を負っているわけですが、お金を渡したのは分かったが、貸したのか、あげたのか判断がつかない(返還約束についてはよく分からない)という状況のときは、証明責任を負っている原告が負けるのです。
 通常、証明責任は、権利の発生・変更・消滅について、自己に有利な効果を主張する側が負うことになります。上記の貸金の事例で、お金を借りたけれども、返済しましたという主張があるとすれば、返済した(貸金は消滅)ということについて被告側が証明責任を負うので、返済したかどうかが分からないという状況になった場合は、被告が負けるということになります。

 以上が原則ですが、法律で、証明責任が修正されていることがあります。
 よくあるものでは、交通事故における人損被害についてです。
交通事故が起きた場合、車が壊れますが、人も怪我をしたり、死亡したりの被害に遭う事が多くあります。
 車が壊れた損害を物損、人に被害が出た場合を人損と言います。
 物損被害の損害賠償請求の場合は、原則通りの証明責任となりますが、人損被害の損害賠償請求の場合は、事故の原因について証明責任が修正されています。
 物損被害の場合は、事故の相手に故意又は過失がある(要するに相手が悪い)ということについて、原則通り請求側に証明責任がありますが、人損被害の場合は、それが修正されていて、事故の相手側において過失がないこと(要するに自分が悪くないこと)を証明しない限り、損害賠償責任を免れないということになります。

 現実の裁判のお話ですが、信号機のある交差点の出会い頭の直進車同士の事故で、双方が青信号で交差点に進入したと主張している事件がありました。
 私の依頼者は後遺障害を伴う大怪我をしており、刑事事件にもなっていましたが、決め手になる証拠もなく、事故の原因がどちらにあるか分からないということで、相手方は不起訴処分(刑事裁判にかけないこと)となっていました。
 民事裁判では、車の修理費等の物損の損害賠償請求と、怪我と後遺障害を負ったことによる人損の損害賠償請求の両方を請求していました。
 事故の原因は最後まで争われ、当事者尋問も行いましたが、裁判官の心証は、どちらが赤信号無視となったのかは分からないというものとなりました。
そうすると、物損の損害賠償請求では、相手が悪いから損害を賠償せよという部分で、相手が悪い(赤信号無視した)ということが証明できていないので、請求は認められないことになります。
 他方、人損の損害賠償請求では、被告は悪くないので損害の賠償はしませんという部分で、被告は悪くない(被告側は青信号でした、逆に原告側は赤信号無視でした。)ということが証明できていないので、請求が認められることになります。
 現実の判決も、物損の損害賠償請求は棄却(請求を認めないということ)で、人損の損害賠償請求は認容(請求を認めるということ)という内容となりました。
 一つの事故なのに、請求の内容によって、認められたり、認められなかったりというのは、一見すると奇妙ですが、裁判所も万能ではないので、一定のルールを設けて裁判ができるようにしているのです。