弁護士 小田 康夫
2019.10.11

人権侵害からの救済手法~個人通報制度と国内人権機関~

自らが所属する組織に向けられた、拡声器でこだまする、罵詈雑言。
郵便受けには脅迫状。
極めつけはゴキブリ。

郵便ポストに開けると、
あなた宛てに、知らない人からの郵便物が来ていて、
それを開けると、ひどい言葉と一緒に、ゴキブリの死骸が同封されている。

あなたならどう感じますか。







つい先日、徳島で開催された人権擁護大会に参加しました。
衝撃を受けたのは、ヘイトスピーチの被害を受ける女性の登壇者の話。
ここに記載することが憚(はばか)られるほどのひどい罵詈雑言が路上で繰り返された上、被害女性の個人宅を特定され、氏名不詳者から脅迫文のようなものや受取人が「ゴキブリ」であるかのように扱う文字と一緒に、ゴキブリの死骸が送りつけられたそうです。

いわゆるヘイトスピーチ解消法が公布・制定されたのは平成28年6月。
それから3年が経ちましたが、同法の理念である「不当な差別的言動は許されない」(同法前文)という点はどうも実現には至っていないようです。

もともと同法は、“実効性”についての規定を欠いていました。
憲法21条の表現の自由との関係もあり、禁止条項が定められておらず、仮に同法に違反しても、処罰ができなかったためです(なお、上述のような差別を超えた脅迫、侮辱、名誉棄損行為等があれば、現行刑法の適用がありうるでしょう。)

今回の人権大会(第2分科会)では、この実効性の点に関わって、「今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!~個人通報制度と国内人権機関の実現を目指して~」というテーマでシンポジウムが開催されました。







ここにいう「国際水準の人権保障システム」というのは、シンプルに考えて、国際人権条約水準ということのようです(蛇足ですが、主にヨーロッパで歴史的に形成・構築されてきた「人権」という概念自体、現状の国際的な枠組みでどのように理解するかは難しいところです。将来的には条約の人権条項もブラッシュアップしていくことが必要となると思われます)。

この国際人権条約には以下のようなものがあります。
〇世界人権宣言
〇女性の参政権に関する条約
〇無国籍者の地位に関する条約
〇人種差別撤廃条約
〇拷問等禁止条約
〇子どもの権利条約
〇障害者権利条約
等々

これらの国際人権条約は、基本的人権に関する条約です。
締約国は、条約上の義務を誠実に履行する義務がありますが、締約国にゆだねておいては、条約に規定された権利の保障・実現を図ることは難しい。
そのため締約国が条約上の義務を履行しているかを国際的に確認する手法として編み出されたのが、個人通報制度です(他にも履行確保手段として報告制度、国家間通報制度がありますが割愛)。

個人通報制度は、人権侵害があったケースで、個人が条約を根拠に人権救済を求めることを認める制度です。

例えば、オーストラリアには個人通報制度があるため、日本人でも、オーストラリアにおいて、人権侵害を受けた場合(例えば、不正確な通訳で、適正な刑事手続きを受けられず、有罪となった場合など)、個人通報により、オーストラリア政府に権利侵害行為があったとして、委員会(上記の場合だと、自由権規約委員会)に申し立てることができます。裁判で有罪が確定しても、申し立てることができるという意味で、司法的な救済の限界を超え、画期的なシステムだと思います(なお、実際、このような申立てができるのは、国内的にやれることをすべてやった=国内救済措置消尽という要件を満たすなど、かなり限定的な場面です)。




シンポジウムのテーマの2つ目は、国内人権機関の設置について。
これは裁判所とは別に、かつ、政府から独立して人権を守るために創設される国家機関のことです。

いじめ問題や体罰、虐待の問題、女性差別、少数者の人権、ヘイトスピーチなど日本においても人権問題が山積している中で、裁判所とは異なる救済の道を開く意味で、非常に重要な制度設計だと思います。

シンポジウムの資料(200頁を優に超えます)を読み返すと、2018年には、世界各地で、人権を保護し、人権状況を監視する国内人権機関が、112か国で設置されたとのことです。
しかし、日本ではいまだ設置されておりません(国内人権機関設置を求める勧告は、数多くの国から、日本に対してなされており、その数はだんだん増えていて、2007年に4、2012年には13、2017年には31となっているとのこと)。






ヘイトスピーチ等の不当な差別を根絶するため、また、日本が国際社会から見放されないためにも、そして、世界中の人が、世界のあらゆる場所で、自己の権利が適切に保障される豊かな国際社会を築くためにも、個人通報制度の導入と国内人権機関創設が急務ではないかと思いますが、皆さんはどう考えるでしょうか。