弁護士 鍛冶 孝亮
2019.08.15

証拠はありますか

1  法律相談の際、相談を担当した弁護士から、話の内容を裏付ける資料(証拠)の有無を確認されることがほとんどだと思います。
  中には、話の内容が信用されていないので、そのような質問をされたのかと感じてしまう人もいるため、なぜ確認しているのかを説明するようにしています。
  その際、医者が治療を行うためには手術道具や薬が必要であり、シェフが料理を作るためには調理道具や食材が必要だという例え話を紹介し、同じように弁護士が依頼内容を実現するためには証拠の存在が重要であると説明します。
  そして、裁判に発展したときのことも踏まえ、正確な見通しを伝えるためにも確認をする必要があると伝えます。

2 実際、民事裁判は証拠の有無が結論に直結します。
  民事裁判は、法律に基づく権利義務の有無を判断する手続であり、その手続にはいくつかのルールが存在します。その1つに、権利義務関係の根拠となる事実に当事者間で争いがある場合には、証拠に基づき事実が認定するというルールがあります。
  例えば、AさんがBさんに対して、貸したお金を求める裁判を起こした場合、Bさんが、「お金は受け取っていない」、「お金は受け取っているが、借りたのではなくもらったものだ」と主張した場合には、Aさんは、証拠(例えば借用書や領収書といった書類、「お金を貸してほしい」などのやり取りのメール、会話の録音データなど)を提出し、裁判官にお金を貸した事実を認めてもらう必要があります。
  もしも、Aさんが一切証拠を提出できなければ、裁判官はAさんがお金を貸した事実を認定することはできず、Aさん敗訴の判決が下されることになります。
  Aさんがお金を貸したことが真実だったとしても、証拠がない場合には、民事裁判では真実を異なる認定がなされることもあるのです。

3 手元に全く証拠がない場合、民事裁判を起こすことをあきらめないといけないのでしょうか。
依頼者が証拠を有していない場合であっても、弁護士が関与して証拠を収集することもあります。
例えば、弁護士が関係者に対して事実関係の照会を行って回答を求めることや依頼者に対して相手方との会話を録音するよう指示することなどです。
先ほどの事例でいえば、Aさんから依頼を受けた弁護士が、Bさんと書面でやり取りをし、Bさんから送られてきた手紙の中に、お金を借りたことを認める記載があればその手紙を証拠に用いることも考えられます。また、Aさんに対して、Bさんと返済についての会話をすることとその会話を録音するよう指示し、その会話の中でお金を借りたことを認める話が出れば、その録音データを証拠に用いることも考えられます。
裁判になっても何も怖くないほど完璧に証拠がそろっている案件はあまりありません。
依頼者の手元に証拠がない場合であっても、弁護士としての経験や知識をフル活用して、いかに有力な証拠を収集できるのかが重要となってきます。
  
4 実は、民事裁判のルールに、当事者間で争いがない事実(権利義務関係の根拠となる事実)は、裁判官はそのとおり認定しなければならないというものがあります。
つまり、相手方が争わなければ証拠を提出する必要はありませんので、非常に楽になります。
しかし相手方は争ってこないだろうという甘い見通しを持つことは厳禁です。
  弁護士が依頼を受ける際、相手方の態度が不明であることも多いです。争ってこないだろうという甘い見通しで裁判を提起した後に、相手方が全面的に争ってきた場合、証拠がなければ非常に苦しい訴訟対応を強いられることになります。
  そのようなことを防ぐためにも、相談時点から証拠の存在を確認することが重要です。
  改めてお伝えしますが、弁護士から裏付けとなる資料の存在を確認された場合、話の内容を疑って確認をしているのではなく、法律家として責任をもって見通しを伝えるために確認していることを御理解していただければと思います。