弁護士 鍛冶 孝亮
2019.05.16

憲法改正議論を止めるな

1.4月30日をもって平成が終わり、5月1日から令和の時代がスタートしました。
 昭和、平成、令和の時代の中で、変化したものは数えきれないほどありますが、変わっていないものがあります。それは日本国憲法です。
 5月3日は憲法の日であり、5月1日から7日までの1週間は、「憲法週間」として憲法に関する啓蒙活動が行われることから5月は憲法に関係する月です。
  今回は憲法改正に関する議論のことを書いていきます。

2.昭和22年(1947年)5月3日に施行された日本国憲法は、72年間改正されていません。
平成19年(2007年)には、「日本国憲法の改正手続に関する法律」が制定されましたが、国会で憲法改正の発議がされたことはなく、平成の時代に改正はありませんでした。
自民党の憲法改正推進本部による「憲法改正草案」や「改憲4項目」など、憲法改正に関する動きはなかったわけではありませんが、憲法改正に関する国民的な議論はなされていないのが現状です。
なぜ、国民的な議論がなされていないのか、それは憲法改正の議論になると、憲法9条の改正が議論の中心となり、この議論については結論を出せないからであることが理由の1つだと思います。
平和主義を掲げる9条は、日本国憲法の重要な規定であることは間違いないのですが、9条の改正は人によって大きく意見が対立する部分でもあります。
9条の議論が決着していないのに、9条以外の部分の議論はしづらいからではないかと思っています。しかし、憲法改正は9条だけの問題ではありません。
憲法の本質(基本的人権の保障、国家権力の制限)は、基本的人権の保障を充実させていくことや時代の流れとともに肥大化した国家権力を制限していくという点にあります。
そのような視点をもって、憲法改正を考えるのであれば、憲法改正を全面的に否定するというアレルギー反応を起こすことなく、憲法の本質に従った憲法改正についての議論をしていくことができると思います。

3.では、9条以外の点について、憲法の改正は不要なのでしょうか。
 個人的には、必要に応じて憲法を改正(権利や制度に関する条項を追加する)していくべきであると考えます。
 例えば、以下の条文を憲法に明記することについて議論することも必要ではないかと思います。
なお、以下の点は、憲法に明記すべきかどうかが広く一般的に議論されているわけではなく、法律や政策で対応すべきものであり憲法に関する問題ではないと考える方もいるかもしれませんが、問題提起のために思いついたものを挙げさせてもらいました。

 ①犯罪被害者の救済に関する条文
 ②原発の設置に関する条文
 ③夫婦別姓、同性婚を認める条文
 ④性的マイノリティの権利を認める条文
 ⑤公文書の管理や情報公開に関する条文

 ①については、既に犯罪被害者が刑事手続に参加することや金銭的な救済を受ける法律は存在します。もっとも、理不尽にも犯罪に巻き込まれて被害に遭われた方の権利等を最大限に保障するという点からも、刑事裁判等に参加する権利する権利や救済のための必要な制度の設置を国の責務とするという規定を憲法に明記すべきという考えもあり得るかと思います。

   ②については、東日本大震災による原発事故以降、脱原発という動きが広まっています。
 原発事故は、国民の基本的人権(生命身体、財産、居住など)を侵害するものであることはいうまでもありません。
 原発事故による人権侵害を防止するため、東日本大震災の記憶や教訓が薄れていく前に、原発設置の禁止を憲法に明記するという考えもあり得ると思います。

③については、現在各地の裁判所に、同性婚や夫婦別姓を認めない民法は憲法に違反するという訴えがなされてことから考えたものです。
同性婚や夫婦別姓は、憲法上認められた基本的人権であると主張する立場からすれば、法律が憲法違反と争うよりも、憲法上の権利として憲法に明記させるべきという考えもあり得ると思います。

④については、性的マイノリティの権利は、憲法制定時には想定されていなかったものですが、現在は国際的にも権利擁護のための啓蒙活動が行われているものです。
性的マイノリティの権利が基本的人権として保障を受けるために、憲法上にその権利を明記すべきという考えもあり得ると思います。

 ⑤については、昨年の森友学園に関する文書改ざん問題から考えたものです。
 国の中枢にいる官僚が、文章を改ざんした上で、国会の場で存在しないなどの嘘をついたことに驚くとともに、憤慨された方は多いのではないでしょうか。
公文書が改ざんされるという信じられないこともあり得ることは、十分に分かった以上、公文書の作成や保管に関する国の責務、また、公文書等の国が保有している情報の公開の責務を憲法に明記すべきという考えもあり得ると思います。

4.上記①から⑤を憲法上の問題として、改正に関する議論の対象とすることを誰しもが賛同するというわけではないと思いますが、議論をしていく中で、反対の立場の考えも知り、議論の途中で考えを変更することもあると思います。
憲法を議論することは、人権について議論することと同じだと思います。自分とは異なる立場の人たちがどうして困っているのか、どのように救済していくのかなど、人権について改めて考えさせられる場になると思います。
「現在の日本国憲法は、素晴らしい憲法で改正する必要はまったくない。」「幸福追求権を保障する憲法13条から様々な人権が導くことができるのだから、改正をしてまで権利条項を追加する必要がない」という考えを持つ人もいるかと思います。
しかし、前述したように改正に関する議論の中で、得るものは大きいと感じますので、改正についての議論は一切すべきではないという意見には反対します。 
時代の流れともに、新しく考えられるようになった権利や制度については、十分に議論し、必要なものは積極的に憲法を改正して、憲法上の権利や制度として追加させるべきであると考えます。
そうすることが、時代の流れとともに国民の基本的人権を保障している憲法といえるのではないでしょうか。
まずは先ほど紹介した①から⑤までの問題についても憲法改正議論の対象にするという視点を持ったうえで、憲法改正議論が行われるべきであると考えます。