弁護士 鍛冶 孝亮
2018.12.12

師走の和解

1.あくまでも個人的な経験であり、統計などで確認しているわけではありませんが、年末(11月や12月)に和解が成立することが多いです。
  ここでいう和解とは、裁判中での話合いによる解決です。
例えば、金銭を巡る紛争(貸したお金を返してくれない)の場合、相手方に支払の意思がみられないときには、財産の差押えをして回収するために、裁判を起こすことになります。裁判では、請求している内容に法律上の根拠があれば、判決が下されます。
  しかし、裁判になったからといって話合いによる解決の機会がまったくないわけではありません。
  裁判の途中で結論がある程度見えている場合には、双方が条件を整えて裁判を終了させることもあります。これが「裁判上の和解」になります。「裁判上の和解」というのは法律用語で、仲直りの趣旨は含みません。
  また、離婚などの身分に絡む紛争では、調停という話合いによる手続をしなければ、裁判を起こすことができない場合もあります。双方の話合いがついた結果、調停が成立となりますので、和解成立とほぼ同じようなものと考えていただければと思います。
2.和解の話合いでは、主にお金のこと(支払額や支払方法)が議論されることが多いのですが、和解の話合いの席で、「年内に一括で支払って(又は受け取って)、すっきりした気分でお正月を迎えたらどうですか」という言葉が裁判官からあり、あっさり和解が成立する場面に遭遇したこともあります。
先日、訴えた当初は和解での解決は困難で判決になるのではないかと予想していた裁判について、あっさり和解が成立しました。その裁判の中で、相手方から「年内に払ってすっきりしたい」という言葉が出てきて和解が成立したため、思えば毎年年末には和解の成立が多いことを感じ、このコラムを書くことにしたのです。
  また、調停手続での話になりますが、年内に離婚を成立させたいという話が出て、離婚調停が成立したことがこれまで何度もありました。その際、財産分与や慰謝料といったお金の支払方法も当初は揉め、一括なのか分割なのかという協議をしているときに、「年をまたぎたくないので年内に支払います」と言われ、年内に一括払いで支払ってもらえることになりました。受け取る方としても非常にありがたい話でした。
  和解や調停が成立するということは、双方が納得した上で紛争が解決させるものですので、双方の当事者だけでなく、双方の代理人や裁判官、調停委員にとっても喜ばしい出来事です。

2.年末に和解をしたくなる心理として考えられるのは、日本人は一年の節目であるお正月を非常に大切にしているからだと思います。
  良くないこと(裁判などの争いごと)は年内に清めて(解決させ)、新しい1年をスタートさせたいと考えているからではないでしょうか。
  争いごとから解放され、新しい1年をスタートさせるために、年内に解決したいという心理が働いていると思います。
  なお、先日NHKで放送されている『チコちゃんに叱られる!』という番組で、年末を「年の瀬」といわれるのは、年末は借金清算の攻防の時期であるからと紹介されていました。江戸時代には、ツケで買い物することが多く、大晦日が一年間の借金を清算する日であったため、「川の瀬」(流れが急で渡ることが難しい場所のこと)となぞられて、一年で最も超えるのが難しい時期のことを「年の瀬」というようになったという説明でした。
  江戸時代には、大晦日には借金を精算させるという習慣があったことも、12月に和解が成立しやすい理由の1つなのかもしれません。

3.なお、裁判などの紛争を抱えるということは、ストレスを抱えている状態にほかなりません。
  依頼を受けた当初は、「譲歩するような和解はしない」、「何年かかってもこちら言い分を裁判所に認めてもらう」とお話される方にも出会うことがあります。
  しかし、裁判が長期化してくると、心理的にも辛いので早く解決をさせたいとお話をされる方もいます。そのようなとき、たまたま年末だと、年内に解決させたという心理が働き、和解が成立することもなくはないと思います。
  もっとも、和解は一人でできるものではありません。相手方も和解に応じなければ成立しないのです。解決を図る気持ちが双方になければ、単に年内にすっきりしたいという理由だけで和解が成立することはないと思います。
「正月を迎える前に…」という話が出ると不思議なことに和解がスムーズに成立した事案の場合、実は当事者双方が和解をしたがっていたものの、タイミングがなかっただけなのではと考えてしまいます。
依頼者が望んでいないにもかかわらず弁護士が無用な和解を勧めることは、依頼者の正当な利益に反することであるため、現に慎むことはいうまででもありませんが、依頼者が紛争から早く解放されたという気持ちがあるのであれば、その意図を酌んで、和解という解決方法を示すことも弁護士として大切な業務だと思います。

4.「お正月を迎える前に…」という言葉が出て和解が成立すると、魔法の言葉ではないかと思うこともあります。
  1年の節目であるお正月という日本のしきたりが、間接的にでも紛争を解決させているのであれば、理屈だけが紛争を解決させるものではないとしみじみ考えさせられます。