弁護士 久保田 庸央
2018.05.23

誰に納得してもらうのか

 老夫婦から金銭の請求を受けている裁判を受任したことがありました。訴えの内容としては、老夫婦側が勝つこともあり得ますが、若干分が悪いというものでした。ただ、訴えに関連してお話を聞いていると、逆に、老夫婦側が損害賠償請求権を持っていると思われる事件でもありました。
 ですので、最良の結果の見込みは、訴えられている事件に勝ち、相手の請求はゼロとなり、老夫婦の損害賠償請求が認められて、逆に相手からお金をとることとなりました。そして、次善の結果の見込みは、訴えられている事件で一定額の支払をしなくてはならないものの、損害賠償請求が認められて、お互いトントン、最悪の見込みは、訴えられている事件に負け、損害賠償請求も通らないというものになりました。
 老夫婦としては、元々相手に逆に請求しようなどとは思っておらず、訴えられている件については若干分が悪いとの評価を受け、何とか相手からの請求が排除されれば御の字ということで事件を受任することにしました。

 私は、相手の訴えに対処すると共に、反訴(事件に関連して反対の請求権があるときに訴え返すこと)を提起し、訴訟追行していきました。
 証人尋問も終わり、結審(判決待ちの状態にすること)する前に、裁判所から解決案が示されました。内容は、どちらの請求も認められると考えるので、ゼロでどうかというものでした。
 元々の訴えられているものが若干分が悪いということで分が悪い方の結果となっているものの、反対の訴えはきちんと通っており、結論としては相手の請求の全額排除というもので想定の範囲内の結果ということで、依頼者の老夫婦も即答でOKということでした。相手は想定外であったのか、和解(判決によらずに双方の条件を整えて裁判を終わらせること、仲直りの意味は含みません。)のための期日を別に設け、最終的には和解するということになりました。
  裁判所から、和解の条項はどうするかという話がありました。相手方から老夫婦への請求は認められる、老夫婦から相手方への請求が認められる、それらの相殺の合意をしてゼロにするという内容にするか、ただ単にゼロという内容にするかという趣旨のお話です。
 結論に相違はないですし、当方は解決案に即答でOKを出しているくらいですから、依頼者にはどちらでも結論に差異はない旨を説明し、了解を得た上で、どちらでもよいとの回答をしました。相手方もどちらでもよいとのことでしたので、簡単な内容であるただ単にゼロする内容で和解が成立しました。

 後日、老夫婦から、費用をかけて反訴をする必要はあったのかという問い合わせを受けました。当然、反対の請求が認められて、結果としてゼロになっているわけですから、反訴をする必要は明らかにあり、経過も理解していて納得しているはずですから、一瞬、今更何を言っているのか、老夫婦が後から話を覆すタイプであることを見逃していたのかと思いました。ですが、話を聞いてみると、娘夫婦からそのような質問を受けているとのことでした。
 ご本人らは裁判に直接関与しており、私からの説明等もその都度受けているので十分納得しているのですが、和解の調書だけを見ると双方が訴えあっているのにゼロという結論で、お互いが無駄なことをしたようにも見えるので、娘夫婦からの質問に、ご本人らが説明に困ったのだと思われます。
 訴えられたりすれば、身内に相談したりすることは多くあり、そのような相談をすれば、身内が心配して裁判の状況や結果を聞いてくることもあるでしょう。そのような身内の方々は、裁判には直接関与しているわけではないですから、依頼者の裁判全体を総合的に見るのではなく、途中経過であったり、結果であったりを断片的に見ることになるので、一部を切り取っても簡単に説明がつくようにしておかないと、依頼者の方が困ることもあるのだということを気付かされました。
 
 上記の件では、相手方が単にゼロにすることに拘ったとすれば、判決に至った場合の解決案とのブレや控訴のリスクの回避及び早期解決の観点から、単にゼロとする和解条項にて和解するべきということになりますが、相手方には拘りがなかったので、相手方から老夫婦への請求は認められる、老夫婦から相手方への請求が認められる、それらの相殺の合意をしてゼロにするという内容で和解すれば、和解の調書だけを見て、娘夫婦も納得し、依頼者が質問の回答に困ることもなかったのだと思います。

 依頼者の利益、依頼者の納得を最優先で考えることは当然ですが、余裕があれば、背後にいる方々との関係にも配慮すると、よりよい解決が図れるものと思います。