弁護士 久保田 庸央
2017.11.22

公正証書の強さ

 調停は、裁判所での話し合いですが、直接言い合うわけではなく、一方が調停員に話をしたら、交代して、他方が調停員と話をするということを繰り返して、間接的に話し合いをします。
 相手が調停員と話をしているときには、控室で待っているということになり、調停では待ち時間が多くあります。依頼者との間では、この待ち時間に作戦を練ったりしています。
 その際、「公正証書は作成しないのですか」という質問を受けることがあります。
 弁護士としては、「今、調停をやっているのですが…」と思うわけですが、質問主の誤解を解くように丁寧にご説明差し上げることになります。

 質問主としては、(調停のように)裁判所で決まったことは判決と同じ効力があるということは、言葉で説明を受けていてもあまりしっくりと来ず、どうやら「公正証書」という最強のものがあるらしいというご認識のようです。

 ところで、判決と同じ効力があるというものは、要するに、強制執行ができるという意味です。強制執行は、給料の差押や、不動産の差押のように、人の財産を差し押さえるなどして、強制的に権利の実現を図るものです。
 公正証書を作成した場合も、強制執行ができます。
 強制執行ができるかどうかという観点では、調停で話がついた場合に作成される調停調書と公正証書は、同じ強さということにはなります。
 しかし、公正証書は、強制執行ができる場合が限られています。公正証書は、金銭の請求に関する権利しか強制執行ができず、例えば、建物の明渡や移転登記のような金銭請求ではないものは、強制的に権利を実現することはできません。
 他方、調停調書であれば、金銭の請求以外の権利についても、強制執行が可能であり、強制執行できる範囲という観点では、調停調書の方が強いということになります。

 公正証書を作る場合、通常は、相手と合意内容の交渉をして、その際に、約束したことを公正証書にするという合意をします。そして、その合意に基づいて、双方が公証人役場に行って、公正証書を作成するという流れになります。
 調停の場合、調停の中で話がついた場合、裁判所がその場で調停調書を作成します。
 これだけ見ると両者の作成過程の違いは、あまり気にならないかもしれませんが、公正証書の場合、公正証書を作るという約束をしたのに、相手がその約束を守らない場合、公正証書が作成できないというどんでん返しがあり得るということです。調停調書は、裁判所がその場で作成するので、そのようなどんでん返しはあり得ません。
 書類の作成過程という観点でも、調停調書の方が分がありそうです。

 では、公正証書は弱いのかというとそんなことはありません。
 例えば、お金を貸すときに、借主が将来の返済約束を守ってくれない場合には、直ぐに強制執行をしたいと思えば、貸付時に公正証書を作成すればよいのです。
貸付時に、公正証書を作成していなければ、借主が返済約束を破ってから、借主を相手取って裁判手続をとり、判決等を受けてから強制執行をしなければなりません。
 貸付時に、将来の返済約束が破られた場合に備えて強制執行できるようにするには、公正証書を作るしかありません。
 また、自分が亡くなったときに備えて、公正証書で遺言を作成するということもできますが、裁判所の手続で遺言を残すことはできません。

 単純な強さという比較は意味がなく、用途に応じて使い分けるということになりそうです。

 冒頭の質問主のご質問については、調停で話がつけば、公正証書よりも広い内容で強制執行が可能な調停調書が直ちに作られるわけですから、公正証書を問題とする場面ではないということになります。