弁護士 鍛冶 孝亮
2017.09.14

過失割合は0でも・・・

1.弁護士になってから交通事故に関する案件は多数扱っていますが、交通事故では、双方の過失割合が請求できる損害賠償の範囲を判断するための重要な要素になってきます。

  過失割合とは、事故が発生したことについての不注意の程度を意味します。
例えば、過失割合が0:100の物損事故であれば、自車の修理費用の全額を請求でき、相手方の修理費用の支払義務を負わないことになります。50:50であれば、自車の修理費用の半分しか請求できず、一方で相手方の修理費用の半分の支払義務があるということになります。
自身の過失割合が0であれば、自動車保険も使う必要はないし、スムーズに話が進むとも思えますが、必ずしもそうではありません。  

2.交通事故の過失割合ですが、これまでの裁判所の判断などを踏まえて、判例タイムズという法律雑誌(『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準』別冊判例タイムズ38号)ではある類型化されています。
  例えば、A車が道路を直進していたところ、道路外よりB車がA車走行道路に左折して進入してきたため、A車とB車が衝突したという場合の基本的な過失割合は、A車20:B車80と紹介されています。
B車は道路外から道路に出る際には、他の車両の走行を妨害しないような方法や速度で走行しなければならず、A車も道路外から道路に進入してくる車を認識すれば減速や徐行できるという前提を踏まえ、過失割合を類型化しているのです。ただし、基本的な過失割合は類型化されているものの、様々な事情(一方に速度違反など)により過失割合は増減するとされています。

3.前述した法律雑誌では、基本的な過失割合が0という類型も紹介されており、例えば、信号機が設置されている交差点で、青信号で交差点に進入したA車と赤信号で交差点に進入したB車が衝突した場合、B車がセンターラインをオーバーしてA車に衝突した場合、停車中のA車にB車が追突した場合には、基本的にA車の過失割合は0であるとされています。
  基本的というのは、例えば停駐車禁止の場所に車を停めていたところ衝突されたという場合には、このような類型であっても必ずしも過失割合が0と評価されないということです。

4.過失割合が0の場合、こちら側に発生した適正な修理費用は、相手方が全額支払義務を負うことになります。一方で、相手方に発生した損害の支払義務はないことになります。
  過失割合が0の交通事故の場合、双方に過失がある交通事故に比べてスムーズに事が進むとも考えられますが、実際はいろいろな問題があります。
  例えば、過失がないということになれば、自身の自動車保険(車両保険)を使用するわけではないので、自身の保険会社に相手方との交渉の代行をお願いすることはできません。弁護士費用特約が保険についていれば、弁護士費用のことを気にせず、弁護士に交渉の依頼ができますが、弁護士費用特約がなく弁護士に依頼をしないとなると自身で直接相手方(相手方の保険会社)と支払の交渉を行うことになります。
  また、万が一相手方が任意保険に加入していなければ、相手方自身から支払を受けなければなりません。もし、相手方が無収入でお金になる財産を保有していなければ、訴訟を提起し判決をもらっても、差し押さえるべき財産がないため、一円も回収できないということになります。
  双方に過失割合があり、自身では自車の修理費用や相手方の修理費用を負担できないとなれば、対物保険や車両保険を使用することになります。保険料は上がりますが、修理がスムーズに進み、場合によっては過失割合0の場合より、ストレスを感じることがないかもしれません。

5.自身の過失が0という事故で相手方が無資力で回収できない場合、どうして被害者が泣き寝入りしないといけないのかと憤る方もいらっしゃいます。
  そのように思われることは当然だと思いますし、心情は十分に理解できることですが、交通事故の実務上、前述したとおり、過失割合が0であっても、相手方が任意保険に入っていない場合には、事故に遭われた方は仕方なく自身の車両保険を利用するというケースは少なくありません。
これまで物損の話を中心にしていましたが、万が一怪我をした場合、相手方が任意保険に加入していなければ、相手方が任意保険に入っていたときよりも補償の額は少なくなる可能性は高いです。
つまり、法律上相手方が支払うべき損害額の一部については、自賠責保険会社(自動車の保有にあたり加入が義務付けられている保険)から支払を受け取ることができるとしても、残額は相手方自身に支払ってもらうことになります。相手方は、保険料も支払うことができないくらい収入や財産がないので任意保険に加入していない場合も多く、先ほど述べた物損のときのように、裁判で勝っても回収できないこともあるのです。
このように、相手方の任意保険の加入の有無で、回収リスクは大きく異なります。
6.自動車学校で習ったとおり運転していても、相手方の不適切な運転で事故に巻き込まれることがあるなど、交通事故というのは理不尽なものです。
  それ以上理不尽な目に合わないためには、充実した自動車保険に加入しているほかないと感じています。
  万が一のことを考えると、車両保険や人身(搭乗者)傷害保険(自身ら同乗者の怪我について補償してくれる保険)に加入することや、弁護士費用特約を付けることをおすすめします。
  「あまり車に乗らない人であれば車両保険を付けないようにすると保険料も下がります」と紹介している自動車保険のCMをみたことがあります。確かに、車にあまり乗らないということは事故に遭う可能性も低くなるということですが、車に乗る機会がある以上、事故に遭う可能性は皆無ではありませんで、万が一のことを考えた保険内容にしたほうが良いと思います。