弁護士 小田 康夫
2017.02.08

君は文庫Xを読んだか。~清水潔「殺人犯はそこにいる」~

北関東連続女児誘拐殺人事件。

半径約10キロメートルの範囲で、複数の女児が誘拐され、その多くが遺体となって発見された連続誘拐(殺人)事件である。被害者はいずれも5歳前後の幼い女の子だ。

事件発生は、1979年、1984年、1987年、1990年、1996年とされ、今から20年以上前の事件であるが、どの事件もいまだ解決に至っていない。

これらの事件の遺族に接触し、事件の関連性を調査し、真犯人に迫った書籍がある。

「殺人犯はそこにいる」(清水潔著/新潮文庫)である。

文庫Xという、装丁を隠す斬新な売り方でも話題になった作品だ。

著者の取材動機は非常にシンプルだ。

「真実が知りたい。」

逮捕された者がいようが、自らの取材によりそれが冤罪であるという結論に達すると、冤罪事件弁護団にもアプローチして、冤罪事件の調査までしてしまう。被害者に対しても誠意を尽くした上で取材を行う。その調査力や事実分析力、表現力、そして、そのような能力の基礎となっているであろう体力、そして、精神力(執念)には、ただ脱帽する。

確かに、冤罪事件弁護団への取材をし、それを報道することは被告人の無罪・無実への活動であって、被害者の被告人に対する思いに反する場面もあろう。しかし、著者の報道姿勢は、被害者をないがしろにするようなところがない。それを可能にしているのは、著者の誠実さ、事実を見る公平さ、人柄等に由来するものと思われる。

この作品に現れている事実調査において、司法における問題点が多く指摘されている。

ただ、今回紹介したいのは、そこではない。

なぜ、この作品が人に強く訴えかけるのかを私なりに分析したい。

①まず、文章が誠実だからである。

調査結果を淡々と指摘しており、過激な事実描写などはない。

その意味で嘘がなく、誇張がない。

②自らの体験を語っているからである。

人から聞いた話を書いているのではない。

自らの足を使って、取材をし、その取材をもとに表現している。

そのため、文章に説得力がある。

③深刻な内容を扱っているのに、著者の取材動機が非常にシンプルで、誰もが納得できるものである。「真実を知りたい」。ただそれだけに収斂されている。

どんな人でも、その動機には共感できる。

内容の一部には検察組織への批判や警察の無反省を批判するものも含まれており、そのような事実を認めたくないという立場の者であったとしても、当初の動機には共感せざるを得ない。

自然、著者の目的が実現されて欲しいと、サポーターの一人として応援してしまう。

④また、読者の生活と決して無関係な話ではない。

縦社会、組織(団体)におけるしがらみや伝統(悪習)が隠れたテーマになっているように思われる。意思決定が遅れがちで、担保がなければ動きにくい大組織の歯車となるか、行動には移りやすいが責任も全て一人で負うことになる一匹狼として活動するか。著者の生き方は後者であるが、それを実践することは並大抵の覚悟ではできない。

⑤結果が正義であり、人の正義感に訴えかけるものだから。

足利事件(上記1990年に発生した事件)という冤罪事件が取り上げられており、その冤罪の根拠は、DNA型鑑定という証拠によってきっちりと理路整然に説明されている。また、過去のDNA型鑑定の危うさを指摘し、それが利用された「飯塚事件」の問題を隠ぺいするかのような検察の態度を糾弾し、その不正義をただそうとしている。

⑥ノンフィクションの持つ怖さがあるから。

想像の世界を超える展開がある。

現実世界が抱える不正義が、これでもかと、明らかにされている。

例えば、「飯塚事件」において再審を求めていた被告人は、足利事件において過去のDNA型鑑定の問題が指摘されている最中、死刑が執行され、この世を去っている。

確かに、私自身、仕事で文章を書くことが多いため、上記のような①~⑥のような指摘は、文章指導として受けることがある。

しかし、この書籍を見て、改めて自らの仕事を顧みる機会が得られた。

まだ読んでいない方には、この書籍の持つ力(「破壊力」と言い換えてもいい。)を感じて欲しい。