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弁護士 小田 康夫
2021.12.01

自殺を食い止めるには「労う」こと

 今年7月に「尊いいのちが育める地域となるために〜私たちに求められること」と題する中標津青年会議所の事業がありました(中標津町教育委員会共催)。講師として、河西千秋先生(2015年~札幌医科大学医学部主任教授)を中標津町にお招きし、自殺問題に関わる講演会が実施されました。講師の話は、自殺には非常に根深い因子が絡んでいるという話でした。まずは地域的に継続的な自殺予防ネットワークなどを創設しなければならないということ、そして、講師の先生が慎重に言葉を選びながら繰り返し説明していたのが、自殺予防対策を実現するには、「この地域の人が」みずから、自殺因子をなくすよう、主体的に問題提起をし、行動していく必要があるということでした。

 そのため私も何か行動をしようと思い、今年11月6日に、「自殺対策ネットワークづくりに関する全国協議会・シンポジウム」(日弁連主催)に参加しました。コロナ禍で(子ども達の)自殺が増えている中、それを食い止める方法論を、全国の弁護士や精神科医師などが考えるシンポジウムでした。講師の先生によると、孤立の防止が重要だ、とのことです(この講師の話の中で、目の前にいた子どもの自殺を防げなかったなどの話、号泣してしまいました)。解決策を提示できなくても、話を聞いてあげるだけでもいい、「こんなに話を聞いてくれる、大人がいるんだ」ということを知ってもらう。大人(親、教師や社会)の間でネットワークをつくることも大事ですが、信じることができない大人に対しては、結局、子どもは相談しない。当然のことながら子どもの気持ちに寄り添い、子どもたちに信頼される関係づくりが基本となる、とのこと。

 また別の機会ですが、今年11月14日に中標津町生きるを支える自殺対策行動計画事業「ゲートキーパー養成講座」に参加し、精神科認定看護師の視点から助言の具体的な方法論を聞きました。講師である村本好孝先生(株式会社ここから)は、死を意識している本人の認識を、生へ転換してあげることが必要であるとのこと。たとえば、
・言葉遣いや相談を対応する側の意識として、「死にたい理由」にスポットを当てるのではなく、「生きにくい理由」にスポットを当てよう
・あれダメこれダメという言葉遣いではなく、「あれがいいよね」という言葉を使っていこう
・自殺をしたいという方に出会ったときに限らないけれど、「その人が(将来)どんな姿になってほしいか」を肯定的にとらえ行動修正を促していこう
など。

 形式だけですが、まずは言葉のバリエーションを増やしていくということが大事ということです。その関連で、講師は妻との会話にも気を付けるようになり、夫婦関係が改善したという話に、私は少し笑ってしまいました。が、職場でも家庭でも、ちょっとした肯定的なコトバ遣いやちょっとした配慮は、相手を尊重し、あらゆる事をより良い方向へ導く視点だなーと改めて感じました。また、より本質的な視点として、講演の中で印象に残った場面は、講師自身の経験上、自殺者は自殺者自身が自分を責めていることが多く、その経験から「労い」という言葉を講師自身が哲学的に深く考察していたことです。

 「労い」とはどういうことか。

 「労い」とは、「自分が」「自分を」責めるという状況から脱し、「自分が」「自分を」認めてあげるという営みであるということ。自殺をしようと考えている人は、「自分なんてダメなやつなんだ」と何度も「自分で」「自分を」痛めつけてしまっている、だけど、「責める自分」と「責められ傷ついている自分」の間、その間に「自分の行動を認める営み」を含めていく、それによって傷ついている自分を(他人・第三者と同じように)責め続けるのではなく、傷ついている自分のいわば「肩を抱いて一緒に『そうかお前も大変だよな』と言ってあげてほしい」。自分が自分を慰めてあげるプロセスがとても大切

ということでした。私の理解が合っていればですが、言い換えると、労うというコトバの意味として、第三者が自分に対し、いわゆる「労った」(=労いのコトバをかけた)としてもそれだけでは不十分であり、自分が(その人自身が)自分を「認めてあげる」プロセスが必要であり、”他人が労いのコトバをかけたとしても、真の意味の労いではない”ということのように私は理解をしています。仮にこの「自分が」「自分を」慰める本当の意味の労いが少ないと、自己肯定感は低くなるでしょうし、自己肯定感の低さがデフレスパイラルのようにどんどん自分を追い詰めていくことにつながるのかもしれません。自己肯定感を高めるということが最近、何かと取り上げられている気がしますが、自殺防止という文脈でとらえると、自分が自分を慰める、自分が自分を応援する、「自分にも(ちょっとは)いいところがある」という気づきが、(もともと低い)自己肯定感を高め、最後、自殺を思いとどまらせる、キーポイントになるのではないか、と感じています。