弁護士法人 荒井・久保田総合法律事務所

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弁護士 鍛冶 孝亮
2021.10.13

隣は何をする人ぞ

1 「秋深き 隣は 何をする人ぞ」
  誰もが聞いたことがある松尾芭蕉の句です。
この句は芭蕉が亡くなる2週間前に詠まれた句であることはご存知でしょうか。
  秋が深くなり病で床に臥していた芭蕉の耳にふと物音が届きます。
その音を聞いて、隣人の暮らしぶりを思う気持ちが表現されているものになります。
  現在では、生活音は聞こえるものの隣人の顔を見ることや挨拶をする機会もないという都会での孤独な生活を表すときにも引用される句でもあるようです。

2 ところで、「トナラー」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
  意味は、駐車場や座席がガラガラでいくらでも空いているのに、あえて人の隣にやってくる人のことをいいます。
  トナラーに遭遇しやすいのは、駐車場だといわれています。
  車が密集する駐車場では、車同士の接触事故だけでなく、車のドアの開け閉めの際にドアが隣の車にぶつかるという事故もあります。
  そのようなことを防ぐために、店舗入り口から遠くなってもあえてガラガラの状態の駐車区画にとめるという人もいます。
  しかし、トナラーは、人がわざわざ離れてとめたところの隣に車をとめてくるのです。隣にとめられた側としては、なんでわざわざ隣にとめるのかと不愉快になります。
  隣にとめてくる理由として、運転に慣れていなくてほかの車を目印に駐車しているからとも考えられています。また、自分が乗ってみたい車などがあれば興味本位に近づくという心理状態もあるようです。高級車の隣にあえてとめるのはその理由なのかもしれません。
  しかし、ぶつけられることを避けるためにあえてガラガラの場所にとめている側としては納得できる理由ではありません。
  隣にとめられないために、壁沿いにとめたり、駐車区画のスペースをはみ出さない程度に斜めにとめるという対策をしている人もいると聞きました。
厳密には、トナラーによる行為とはいえませんが、弁護士になって数年後に起こった出来事をお話します。
  とある飲食店に入る際に、お店の入り口からは遠いですがまったく車がとまっていない駐車区画に車をとめたことがありました。
お店で食事をしているとアナウンスがありました。どうやら駐車場で接触事故を起こしたお客さんがいて、ぶつけられた車の運転手を探しているとのことです。ナンバーを聞いたところ、自分の車であることが判明しました。
普通の人はとめないような離れた場所にとめたのにどうしてぶつけられたのか質問したところ、こんなところにとまっている車はないと思い込んで、車を運転したところぶつかったとのことでした。誰もとめないところに駐車してもこのような落とし穴があったのかと思った瞬間でした。
この事故は事故の相手方の保険でしっかり対応してもらったのですが、事故直後、事故を起こした人から名刺がほしいといわれて、弁護士と記載されている名刺を渡したときに、「ああ」という声を上げて悲観的な顔をされたことは今でも覚えています。
  
3 トナラーと遭遇する場所は、駐車場以外にも多数あります。
  例えば、電車やバスで隣の席に座ってくる、飲食店で近くの席に座ってくる、スポーツジムやゴルフの練習場で隣のスペースを利用する、温泉などの脱衣場で隣の脱衣かごを利用する、図書館や映画館で近くの席に座ってくる、研修会や会議で近くの席に座ってくる、ゲームセンターやパチンコ店で隣に座ってくる、男子用トイレで隣に来て用をたすなどです。
  私は、映画館や図書館ではできるだけ周りに人がいないスペースに座り、ゆったり映画や読書を楽しむようにしています。また、研修会や会議などでは机を広く使いたいので人がいないところに座ります。
 混んでいる、席が決まっているという場合であれば仕方ないと思いますが、ガラガラの状態のときに、わざわざ近くに来られると非常にストレスを感じます。
 私は、映画館で映画を観るとき、前後左右空席を空けた状態にしたいため、人が集まりやすいスクリーン正面の座席ではなく、左右の座席に座るようにしています。
私が良く行く映画館は比較的空いており、自分で座席を指定するときに、周りに人がいない席を選ぶことが簡単にできるのですが、過去に目の前に座った人がいて不愉快な思いをしたことありました。

4 人はそれぞれ「パーソナルスペース」という縄張り意識があり、一定の範囲内に他人が侵入すると不快に感じるといわれています。
  トナラーの行為は、このパーソナルスペースを侵害する行為に他なりません。
  トナラーのパーソナルスペースは、一般的な人よりも狭いため、自分自身は不愉快に感じないのかもしれません。
  トナラーがどうしてそのような行動をとってしまうのかについては、他人のパーソナルスペースに鈍感という理由の他にもいくつか理由があるといわれています。
  配置や順番などについてのこだわりがある人の場合、席などを詰めて座らなければ落ち着かないという場合もあるようです。
  そして、トナラーが座ったりした場所は、その人のお気に入りの場所であるということもあります。
  個人的に、お気に入りの場所だから座ったというのは理解できる気がします。
  私も大学の図書館で勉強していたときには、いつも座る場所(本を取りに行きやすく静かで勉強しやすい場所)は決まっていました。
ときどきいつも座っている場所をほかの人が利用していたこともありました。いつもの場所で勉強するのが一番落ち着いて勉強ができるため、「この場所は自分の場所だ」という気持ちで、他の場所にはいかず、他人が座っている場所の隣で勉強したことがあることを思い出しました。
隣に座られた人からすれば、他にも席があるのに何で隣に座ってきたのかと思ったかもしれません。
  飲食店などの常連には、この場所に座るんだと決めている人もいると思います。そこに他人が座っていた場合、心理的に圧力をかけて席を空けさせるためにあえて隣に座るということもあるのではないかと思いました。

5 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、人と十分な距離をとり濃厚接触を避けるための感染防止策として、「ソーシャル・ディスタンス」の徹底が広がりました。
  飲食店や映画館などでは、席の間隔を空けて座らなければならず、隣に座ることが物理的にできなくなりました。
  コロナが収束しても、人と十分な距離をとるという習慣はしばらく残るのではないかと思います。
  コロナ前に比べて、他人に接近されるということについて不快に感じる人は増えたかもしれません。
  「袖振り合うも多生の縁」ということわざがあるように、日本人は本来、道で見知らぬ人と袖がすれ違う程度の出来事でも単なる偶然ではなく縁によるものだと好意的にとらえていました。
  迷惑行為ともいえるトナラーは極端ですが、芭蕉のように、隣になった人のことを考えられる心の余裕を持つことは大切かもしれません。