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弁護士 小田 康夫
2020.01.9

「ハンコを簡単に押さないで!」から「デジタル署名を簡単にしないで」へ?~ハンコ文化はなくなるのか?~

何かの契約書にハンコが押されていると、ハンコの持ち主が、例えば
①「私のハンコが勝手に使われたものだ!」とか
②「後から契約書の記載が追加されたものだ!」とか
③「こんな長い約款のある文書なんて、知らない!」
という反論をしても裁判所は普通、許してくれません。

契約書どおりの契約が当事者の間にあったものと認定されてしまいます。
というのも、
(対①→)ハンコは厳重に保管されているのが通例で、そのハンコを勝手に他人が持ち出し、勝手に使うことは通常ありませんから、本人が押したか他人に依頼して押してもらったものでしょうし、
(対②→)本人の意思に基づくハンコが押されている以上、文書全体をきちんと確認して押したにほかならないからです(民訴法228条4項)。

仮にそうでないなら「ハンコが盗まれたとか、文書が事後的に改変されたこととかを、あなたが、十分に立証してください」と言われてしまいます。

事実上、この立証は難しく、標語としては、

「ハンコを厳重に管理しておきましょう」とか
「他人にハンコを貸さない」とか
「実印と一緒に印鑑証明書を渡さない」はもちろん、
「ハンコを簡単に押さない」
つまり、「署名・押印する前に、契約書の中身や約款をよく確認する」

ことが大事だと強調しておいて損はありません。
ちなみに上記の③については、改正民法で約款の規定ができました。約款が契約内容になることがきちんと相手方に表示され合意していれば、約款の内容で合意がなされたことになります(改正民法548条の2第1項)。もちろん例外はあります(同条第2項)が、相手方に契約内容になることがきちんと相手方に表示され合意されていれば上記の③「こんな長い約款のある文書なんて、知らない!」という反論を認めることは極めて難しいでしょう。なお改正前民法でも同様に考えられています。

さて、この話、
ネット世界の取引だと、どうなるでしょう。
なお、契約書は契約に必須ではありませんが(例えば、アマゾンで欲しい物を買うときは契約書なんて書きません。)、ビジネスシーンや購入する物品が高額であるケースだと、契約書で詳細を決める必要があります。

物理的に紙の契約書が存在すれば、
紙の契約書に署名押印することはできますが、
紙の契約書を用意しない場合、署名押印をすることはできません。
また、ネット上の相手と取引するとき、イチイチ紙の契約書を用意するのは面倒です。
ネット上の相手とデータのやり取りだけで契約が出来たら簡単で便利。
そんなとき「デジタル署名(技術)」が選択肢となります。

あまり聞き慣れない「デジタル署名」。
結論から言うと、これを適切に使えば、自分のデジタル署名が勝手に使われたり、文書が事後的に改変されたりすることは、およそありえません。
逆の立場で言いますと、
取引相手としては、デジタル署名がなされた契約書をもらっておけば、相手方が
「私のデジタル署名が勝手に使われたものだ!」とか
「こんな文書は知らない!後から契約書の記載が追加されたものだ!」
という反論を受けても、そのような反論が技術的にあり得ないことを容易に立証できます。

この後、やや技術的な説明をしますが、最後に触れるとおり、「このデジタル署名技術が、技術的な問題や法律的な問題をすべて解決できた」というわけではありません。










例えば、BがAから「貴金属を100万円で購入する」というという事例を考えましょう。
Aは売主。
Bは買主。
AはBに「100万円で売ります。」
BはAに「100万円で買います。」

Bは、Aのデジタル署名を確認して、100万円を送金しました。
しかし、いつまでたっても品物が送られてきません。
そこで、BはAさんを訴えることにしました。

繰り返しますが、
BはAのデジタル署名を確認しておけば、基本的にOKです。
Aにおいて
「私のデジタル署名が勝手に使われたものだ!」とか
「こんな文書は知らない!後から契約書の記載が追加されたものだ!」
とはいえなくなります。

というのも、Aだけが知っている情報(=「プライベート鍵」と言います。)で、Aの持っている契約書情報を記号化(=暗号化)しているからです。
契約書情報がAのプライベート鍵で暗号化された情報となった、
この情報が「署名」です。
この署名をBが「確認」していています。
Aだけが知っている情報で暗号化したものですから、Aしか関与していないことがわかります。

また、Bが「確認」する方法は、Aだけが持っている秘密鍵に対応する、Aが公開している情報(=公開鍵)です。
B(や裁判所)は、この公開鍵を用いて、Aの署名がある契約書情報がAの関与で作成されたものだとわかります。
図式化すると、

「署名」の情報=契約書情報+Aのプライベート鍵

ですから、
Aが勝手に契約書情報を書き換えたりすれば、
「署名」の情報が変わってしまします。
契約締結時と、裁判となった時点で変わっているのか、後で検証できるわけです。













こんな話をすると、
「ハンコよりもデジタル署名って便利で、安全で、素晴らしい!」
と感じるかもしれませんが、
なかなか現実には、利用されるケースは限定的かもしれません。

①ハンコと比べて優れているかは微妙な点が残ること
 紙の契約書の場合、Bさんとしては、「Aの実印+印鑑証明書」があれば、Aが契約の当事者であることを確認できます。最初に指摘した通り、Aが否定しても、Aのハンコが押されていれば、日本では、ハンコは厳重に保管しているのが通例であることが前提から、通常、それを覆すことはA側で十分に立証することが求められますし、それはなかなか難しいことからBとしても安心して取引ができるわけです。
 
 一方、Aのデジタル署名があった場合。法文上も民訴法228条4項に相当する条文があり、Aのデジタル署名があれば、契約書を作成したことは推定されます(電子署名及び認証業務に関する法律3条)。デジタル署名も、実印とAを結びつける公的機関(役所)で印鑑証明書を出すように、各種団体が認証局となって、Aの公開鍵が本物かどうかを認めてくれます(認証してくれる)。しかし、認証局自体が、法務局と異なり、民間も参入しているが故に、信用できないところであるかもしれず、認証の有効期限等もあるなど、検討が必要です。この前ニュースにもなりましたが、暗号技術は日進月歩であり、量子コンピュータの登場で暗号技術が破られれば、A「だけ」が持つ「プライベート鍵」が、Aだけが持っているものと言えなくなり、上記の推定の前提が崩れてしまいます。

②信頼できる技術であったとしても、法的な問題は残ること
 例えば、Aが「確かに100万円はもらったが、これは貴金属の代金ではなく、前に貸したお金の返済である」という反論をした場合。
 これは実際によくある反論のパターンの一つですが、このような話が事実か否かは、(1)AはBに対し、その金をいつ、いくら貸したのか、(2)いつまでに返済する約束だったのか、(3)貸すためのお金はAがいつどのように調達したのか、などの事実関係を解明して初めて、Aの反論が成り立つか否かがわかります。
デジタル署名の技術の云々は関係ありません。

③直感的にわかりにくいこと
 これがおそらく根本的な問題で、根深い問題です。
「ハンコ(特に実印)を押したら、契約をしたことになる」というのは、直感的にそうかなと思うところがあるでしょう(当然例外はありますがそれはまた別の機会に。)
一方で、
「デジタル署名をしたら、契約をしたことになる」というのは、少しわかりにくく、怖いと感じる方も一定数いるのではないかと思います。それもあってか、実際に、先ほど紹介したプライベート鍵を所持している人もほとんどいないでしょう。
 その意味で私人間の取引に利用されることは現状、少なく、利用者が一部(BtoBなど)に限定されるでしょう。なお、本題からずれますが、この技術を私人間の取引に応用したものにブロックチェーン、その技術を基礎とした暗号資産(ビットコインなど)があります。













最後に指摘した通り、デジタル署名は直感的にわかりにくく、契約の場面で利用されるのは限定的だと思います。実際にデジタル署名を使っている主体を見ても、大手のセキュリティに関する団体が、自己のアナウンスが偽物ではないことを示すために利用されたり、ソフトウェアの作成者が、書き換え等がされていないことを示すために利用されたりしているようです。
このようなことを考えていると、まだまだ我々の日本(それを反映した司法の)社会では良くも悪くも「ハンコ文化」は残っていくような気がします。