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弁護士 小田 康夫
2019.11.07

読書の楽しみ方~仮説と記録化と検証~

読書の楽しみ方はイロイロありますが
①実際に目を通す前に、目次などから内容を予想して(仮説)
②その予想内容をメモして(記録化)
③その上で、実際に読んでみて検証する(検証)
という手法は、記憶定着に優れ、実践すれば読書をより深く楽しめるということで最近よく実践しています。

最近、話題の「「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(ブレイディみかこ著)の内容についてもこの方法で予想をしてみたいと思います(仮説と記録化。その後の検証は、後述)。
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ノンフィクション作品であること、作者の名前から想像すると、
主人公は、著者の子どもで、ハーフ。
主人公と母親は、海外、それも欧米の国で暮らしています。
年齢は12歳くらい、小学6年生(それか小学校高学年~中学生の間)だと想像します。
ストーリーは、学校という閉鎖的空間を舞台に、生きづらさを感じながらも懸命に生きる子どもと母親の精神的成長がテーマ。
主人公は、白人からはイエローモンキーなどと蔑まれ、逆に、他のグループからは、白人に近いと言われ、いじめにあい、孤立します。ただ、子どもが差別やいじめという現実に真摯に向き合い、その困難を乗り越えるプロセスの中で母親である著者とともに成長します。認めたくはありませんが、現実社会に歴然と存在する子ども同士、親同士の差別意識、貧富・教育格差が赤裸々に描写されます。また、教育現場の教師も役割が多く、疲弊し、目を瞑ってきた強烈ないじめが浮き彫りにされ、ネットもいじめを助長・加速させています。人種差別や貧困などの本人の力では如何ともしがたいものによって、孤立する子ども、母子、貧困層。核家族化や教育改革と言う名の弱者切り捨てを加速させる政策で子どもたちの孤立が更に混迷を深めます。社会が子どもたちを救うべきなのに誰に助けを求めていいかすら分からない。こんな世界で、主人公は、けなげに、懸命に生きます。ハーフであるが故に周囲の視線を意識しアイデンティティの形成が困難になりながらも、ハーフとして生きることの使命をいじめの経験を通して再定義し、アイデンティティクライシスを克服し、いじめる側の論理やいじめの本質に気がつき困難な状況を打開していきます。どうしようもないこの社会の仕組み、本音と建前、大人たちの詭弁に気が付きながらも哲学的で鋭い考察を進め、わずか数年という短い期間(の描写の中)で、精神的にも肉体的にも母親である著者を超えるような成長を見せます。その息子の成長にこの社会の混迷を解くカギがあるように感じます。ひるがえって、我々大人は子どもが直面するあらゆる問題にこれまで真摯に対応してきたか、この社会に存在するあらゆる差別に無関心でいないか、そして、この社会システムをよりよく改善する努力を怠っていないか。構造的な差別、人種、格差、いじめ、ネット、教育の問題、さらに、現場のマンパワー不足など社会問題について考えざるを得ませんし、母親である著者の視点を通して、ノンフィクションである現実の残酷さ、社会の不条理の現実、そして、けなげな子どもから受ける問題提起に、読後も強烈なインパクトを受け、社会を構築する担い手として、責任世代の我々大人は、子ども達を取り巻く問題が、社会全体で共有すべき問題であると理解し、その解決策を見出す責務があると実感させられます。
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ここまで書いて後日、実際に「「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(ブレイディみかこ著)を読んでみました。

以下、内容と感想を書いてみます(検証)。
(皆さんも読んだ上で続きをご覧ください)
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〇舞台は、イギリスのブライトン(ネットで検索すると、人口は約23万人。首都ロンドンから車で1時間半の場所にある街)。
〇主人公である著者の息子は、11歳(イギリスでは、11歳から15歳の子どもが通うのが日本でいう中学校に相当するため、主人公は中学1年生)。
〇以下、少々荒っぽいまとめですが、カトリックで良質かつ同質的な仲間と教育を受けてきた小学校時代と異なり、主人公は中学校で衝撃を受けます。その中学校は、9割の白人労働者階級の子どもと1割の移民が入り、多数派が形成された中に独特の多様性が混在します。格差や差別があり、「荒れ」ていました。
〇ただ、「荒れ」方は、単純ではありません。
〇例えば、主人公は、日本人と英国人との「ハーフ」であり、差別的発言を「いじめっ子」から受けます。「いじめっ子」はハンガリーから来た移民でした。反発後に結局当事者同士は仲良くなっているのですが、差別的発言をする「いじめっ子」が今度は多くの白人から差別的発言をとがめられ、今度はいじめの対象に回ります。「因果応報でよかったね」という話ではなく、差別はいけないという多数派の正義感は、いつしか「いじめっ子」に対する暴力までも正当化してしまいます。
〇他面、同校は生徒全員を置いてきぼりにしない、教師がダメな生徒さえも支える雰囲気があり、一概に荒れているという評価は適切ではありません。進学校は進学校で、授業についていけない学生が取り残されているという実態があり、内部で学生は二極化しています。
〇「レイシズムをやめよう」という単純明快な答えでは、結局解決しない現実社会の差別意識の存在と複雑な社会情勢。移民が増える一方で、その社会の多様性をどのように尊重し、差別を排除していくか。
〇本書には、直接書いてはいませんが、ひるがえって、我々の日本社会でも決して対岸の火事ではすまされないことを痛感させます。移民が増える数十年後の日本社会で同じような問題が起こるであろうと思うと、社会の多様性のあり方、そこに潜む複雑なパズルを解く覚悟や余裕が今の我々の社会にあるだろうかと考えさせられます。
〇ここには書ききれませんが、これまでもおそらく多く語られてきたであろう「『ハーフ』とアイデンティティの問題」「無知と差別の問題」「揺れ動くイギリスのEU離脱問題」「正義感の暴走問題」「政治情勢と教育格差の拡大問題」、今なにかと話題の「分断の問題」についても、著者や主人公の印象的な言葉で、現実的な洞察を加えます。「分断」は、「そのどれかを一つを他者の身にまとわせ、自分のほうが上にいるのだと思えるアイデンティティを選んで身にまとうときに起こる」。ほかにも「多様性は楽じゃない。だけど楽をしてばかりいると無知になる」「人はいじめが好きではない。罰するのが好きなんだ」巧みな言葉のチョイスと社会の切り取り方にもセンスがあります。

本書を読むと、私の仮説には、詳細な現実社会の洞察が欠けていたことがわかります。ありきたりな「アイデンティティクライシスを克服」という一般的な評価も不正確です。当初、予想と合致する部分もあり、少し安心しましたが、そんなのは序盤だけ。本書を読み進めると、抽象的なテーマについて(差別一般にかかわる問題やアイデンティティの問題)一般論を知っていただけでは全然ダメで、現実的な処方箋になりえていないことに気づかされます。既に伝統的な社会の対立構造(例えば右翼や左翼などの二項対立)を考えている時点で、少々(というか相当?)考え方が古いようです。経験というか、実際にその現場で悩み、ぶつかっていく、若い主人公には、そんな対立なんてなんのその。差別を含む複雑なあらゆる困難に対し、果敢に挑む若い主人公の背中に、私は、我々の社会の安心材料を見出しました。
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今回は、本の読み方として取り上げたのですが、①仮説→②記録→③検証の手法はイロイロな分野に役立ちます。勉強にもビジネスにも使えます。どのような分野であっても、一度、立ち止まって、やろうとしている分野の結論を予想し、そして、そのプロセスから考え、記録しておく。ビジネスシーンでも、結果を予想せずに闇雲に進むと、予想以上に面倒な作業に時間を取られることはしょっちゅうあるはずです。

①仮説→②記録化→③検証の中で、一番大事な部分は、どこか。それは①の仮説の部分です。
読もうとしている本を、読まずに仮説を立てるなんて結構、面倒な作業です。立ち止まらずに、すぐに読みたい!というのが普通の感覚だと思いますが、そこで、ぐっとこらえることができるかが勝負になります。読書に関して言えば「『罪と罰』を読まない」(岸本佐知子、 三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美著)という書籍もあり、各人がドストエフスキーの名著「罪と罰」を読まずにストーリーを予想した上で実際に読んで検証する内容ですがとってもくだらないようでいて味わい深い。読書以外の分野、例えば勉強やビジネスシーンでも、あえて、すぐにスタートせずに、想像力だけで結論を予想し、ストーリーやプロセスを語っていく(そして実行・検証する段階で答え合わせをする)ことはとってもスリリングで面白い作業だと思います。