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弁護士 小田 康夫
2018.04.06

海外ドラマ『Suits(スーツ)』を見て考える日本版司法取引と刑事免責制度

『Suits(スーツ)』という人気海外ドラマシリーズがあります。
ニューヨーク・マンハッタン№.1敏腕弁護士であるハーヴィー・スペクター。
その部下で天才的な記憶力を持つマイク・ロス。
このドラマの楽しみ方はさまざまですが、私は、ハーヴィーとマイクの2人が絶妙なコンビネーションで巧みな交渉術を発揮するところやテンポの良い掛け合いをしているところを楽しんでいます(なお、実際の弁護士の交渉術とは異なるところが多くありますが、そこがまた面白かったりします。)。

このドラマには、マイクの婚約者として、イギリス王室ヘンリー王子と婚約したメーガンマークル(レイチェル・ゼイン役)も、出演していることでも有名です。ところで、『Suits(スーツ)』シーズン6にはこんなシーンが登場します(【注意:ネタバレを含みます!】『Suits(スーツ)』自体を一度も見ていなくてこれから見ようとしている方、これからシーズン6を見る方は、ドラマを見た後で続きを見ていただければと思います。)



















マイクはある理由で服役中であったところ、そこ(Jail=ジェイル=刑務所)にハーヴィーが面会に来ます。

ハーヴィー「同室者の犯罪を売れ」
マイク「そんなことはできない。僕の唯一の友達なんだ」
ハーヴィー「そうすればお前の罪は軽くなりすぐに釈放だ。レイチェルのためにも」
だいたいこんな感じでした。
結局、同室者の犯罪を聞き出し、検察に差し出すことで、マイクは晴れて釈放。
これが「米国版」司法取引です。
ここで、ふと疑問に思った方もいるかもしれません。

あなた「日本でも、司法取引が導入されたと聞きました」
弁護士「そうですね。平成30年6月1日から施行されることになっています。」
あなた「仮に、例えば、私が詐欺罪で有罪になったとします。」
弁護士「はい。」
あなた「私が刑務所で服役中、ある罪で服役中の犯罪者とたまたま同室になったとします。」
弁護士「はい。」
あなた「その人物が実はもっと重い罪を犯していた場合、私がその人から重い罪を聞き出して、その情報を検察官に差し出せば、私の罪を軽くなるってことですか?」

さて、どうでしょうか。
なお、マイクのように刑務所の中で司法取引を行い、他人の罪の証人となる者を「ジェイルの証人」と言います。










結論として、日本ではできません(刑事訴訟法350条の2参照)。
つまり、自分の罪と全く無関係な罪について情報提供をしても、自分の罪を軽くすることはできません(米国では一概に言えませんが、基本的に可能なようです)。

みんな自分の罪を軽くしたいと考えるのが通常ですし、とりわけ有罪判決を受けた人であればその思いは強いでしょう。事件の詳細は良くわからなくても、ストーリーを作って、他人を「売る」こともあるかもしれません。少なくとも、刑務所という場所は、そういう誘惑に駆られやすい場所です。もともと司法取引がある米国でも、「ジェイルの証人は冤罪の温床」と言われているそうです。

前置きが長くなりました。
さて、日本版司法取引が平成30年6月から施行される予定です。
オレオレ詐欺のような組織犯罪や贈収賄事件では、適用の場面が増えるでしょう。
対象の犯罪は限定的ですが、最近話題の文書偽造罪も対象となっています。
何点かポイントを指摘しますと、以下の通りです。





①対象犯罪は、イロイロあります(刑事訴訟法350条の2第2項)。
・競売妨害
・文書偽造
・贈収賄
・詐欺
・恐喝
・横領
・マネーロンダリング(例えば、犯罪収益だと知って取得した行為など)
・租税法、独禁法に違反する行為
・薬物事犯(例えば、覚せい剤取締法に反する行為など)
などです。

②ただ、司法取引をすることができる人は限定的です。
 取引ができる人には一定の限定があります。
さきほど紹介した「ジェイルの証人」は含みません。
司法取引ができるのは、自分の罪と「関連」する他人の罪がある場合です。
検察官・弁護人が「協議」して、実際に意味のある証言だった場合にのみ、取引が可能です(刑事訴訟法350条の5)。

③司法取引ができ、約束が履行されれば、恩典が与えられます(刑事訴訟法350条の2第1項2号)。
 恩典とは、取引をした者が受けられるメリットのことです。メニューとしては、
 ・不起訴処分
・公訴取消
・特定の事件(つまり、軽い事件)で起訴する等
・特定の求刑(つまり、軽い求刑)
などです。

ただ、最後に挙げた「軽い求刑」を検察官がしても、裁判所はその求刑に拘束されません。だから、どの程度、軽い求刑に意味があるかは、現状、不透明です。

例えば、
 あなた「私の犯した犯罪は詐欺事件です」
 検察官「黒幕は誰だ」
 あなた「○○です」
 検察官「よく言ってくれた、求刑を(本来懲役5年が相場だけど)懲役3年にしてあげよう」
 ただ、裁判官は、検察官の3年の意見に拘束されません。そのため、
裁判官「この罪は重い。懲役3年は軽すぎる。懲役4年が妥当である」
という判決も可能です。

④約束違反の場合
 例えば、司法取引をした検察官が不起訴約束に違反して起訴をした場合、裁判所は、判決で、この訴えを認めない(棄却)という判断をすることになります(刑事訴訟法350条の13)。
 なお、結果的に約束に違反してしまったケース、例えば、さきほどのケースで裁判所が懲役4年の判決を下した場合に、被告人が「離脱」することができます。ただ、あまり意味がありません。だって、判決が出てしまっていますから。もっといえば、司法取引をやってみようという被疑者・被告人は、通常、一度は検察官に詳細な話をしないといけませんから(※)、後になって、司法取引をやめたとしても、自分の事件で自分が話したことが不利に働く可能性があります(いわゆる「しゃべり損・供述損」の問題)。

※いわゆる「しゃべり損・供述損」の問題(やや専門的なので、読み飛ばして結構です。)
 さきほどのケース(求刑3年、判決で懲役4年)をもう少し掘り下げてみましょう。
 そもそも、司法取引制度ない場合であっても、裁判所は検察官の求刑に拘束されません。ですから、求刑以上の刑を科すことは法律上問題がないとされています。司法取引が導入されても同様で、司法取引導入の前後で裁判所の判断の仕組みが変わったわけではありません。つまり、司法取引をした場合、検察官が軽い求刑をした場合も、従前通り、裁判官は、求刑を上回る判決をすることが可能ということです。
そうすると、被疑者・被告人の立場に立てば、検察官が「求刑を限定する」と約束していても、「しゃべり損・供述損」という問題が生じてしまうのです。
 また、検察官と被疑者・被告人が「協議」(刑事訴訟法350条の5第1項)をした上で、司法取引を「合意」することが通常の流れであると説明されています(協議→合意の流れ)。そうすると、「協議」をしても、結局、司法取引の「合意」(同法条350条の2)にまで至らなかった場合、検察官がその「協議」で得られた話を端緒に捜査を遂げて新たな証拠が出てくれば、結局、被告人自身に不利益に働くことがあります。刑事訴訟法350条の5第2項は「被疑者又は被告人が前条の協議においてした供述は、第350条の2第1項の合意が成立しなかったときは、これを証拠とすることができない」と規定し、直接得られた供述の証拠能力を排除するものの、供述から派生して得られる証拠(派生証拠)の証拠能力は認めています。










この日本版司法取引とセットで導入される制度があります。
「刑事免責制度」(刑事訴訟法157条の2、3)です。

そもそも法は、証言拒絶権を認めています(憲法38条1項、刑事訴訟法146条)。
自分が証言をすることで、自分の罪が明らかになってしまうおそれがあれば、証言を拒絶できるのです。
この拒絶権をはく奪する(代わりに恩典与える)例外規定を、今回の改正で盛り込みました。
それが刑事免責制度です。
刑事免責制度は、刑事訴追・有罪判決を受けるおそれのある場合の証言拒絶権をはく奪する代わりに、その証言や派生証拠は当該証人の事件での証拠使用が禁止されます。
これだけを読むと、「なるほど、日本版司法取引とは異なり、検察官と被疑者・被告人が取引をするものではありませんね!」となります。適切に運用されれば、これまで立証が困難とされてきた事件で証言が得られ、真相が解明される事件が増えるでしょう。





ただ、使い方によっては、こんな話になり得ます。

検察官「お前が『政治家Mに金を渡したこと(=贈賄事件)』は見逃してやる」
容疑者X「ありがとうございます!」
検察官「ただし、政治家Mの『収賄』事件で証人に立ってもらうことが条件だ」
容疑者X「何でも話します!」
検察官「仮に、Mの法廷で、証言拒絶でもしようもんなら、お前には証言拒絶罪が適用されるから、お前の罪はさらに重くなるからな」

このように、検察官が被疑者を脅したり、被疑者と結託したりして(←あまり現実には起きにくいと思いますが。)、「司法取引的」に利用される可能性があると指摘されています。容易に想像できるように、上記のケースで、『政治家Mにお金を渡したこと』自体が容疑者Xの勘違いだったり、容疑者Xが別の事件で起訴されたくないと思って話したことだったりした場合、贈収賄事件は冤罪事件です。





ここまで読んできていただいた方にはお分かりのように、日本版司法取引も刑事免責制度も完璧な制度とはいえません。二つの制度には、まだまだ議論が足りないところがあり、運用次第では、安全な制度にもなり得ますし、非常に危険な制度にもなりえます。今後の運用を、国民一人一人がじっくり観察していく、とりわけ弁護士であれば、一定の危機感は持って運用状況を監視し、必要に応じて改正を促す姿勢が必要だと、と強く感じているところです。