弁護士法人 荒井・久保田総合法律事務所

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弁護士 荒井 剛
2017.04.27

「“法”とは何だ?“法”とは願い!」

  秦が中華統一を目指すときの時代を題材にしたマンガ「キングダム」の最新刊(第46巻)が発売されました。現在、単行本を買ってまで読んでいるマンガは「キングダム」位です。それくらいはまっています。私自身、すごくマンガ好きということではないのですが、アメトークというテレビ番組で「キングダム」をテーマにした「キングダム芸人」を観たのがきっかけです。とにかく1巻を読んだら止められないと紹介され、ケンコバが夜中に1巻を読んでしまい、続きが気になって仕方がなくタクシーを使って夜中に残りを買いに行ってしまったくらいだと熱弁を振るっていたのを見て私も1巻を買ってみたところもう止まらなくなっていました。

 さて、そのキングダムですが第46巻の中で次のようなシーンがあります。呂不韋の四柱の一人で法の番人とも呼ばれた李斯が昌文君に対し「“法”とは何だ?」と尋ねる場面があります。これに対し、昌文君は、「刑罰をもって人を律し治めるものだ」と答えたところ、李斯は「刑罰とは手段であって法の正体ではない」と切り返します。そこで、昌文君が「では、法とは何なのだ」と李斯に問い返すと、李斯はこう答えます。

 「“法”とは願い!国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!」と。

 なかなか素晴らしい答えです。まさに「法」の神髄を表現していると思いました。

 もちろん時代背景が現代と大きく異なり、そもそも法が国を縛るものだという発想すらない時代だと思います。だからこそ李斯がその発想に至った事自体際立っています。

 さて、ここでいう「法」とは、現代でいえば国の最高規範(憲法)のことを指すのではないかと思います。憲法の内容は国や時代によっても異なりますが、国家の組織体制、国家の権力、国民の権利等、国を成り立たせるための基礎的事項が規定されているという点では共通しています。

 では、日本の場合はどうでしょうか。

 日本国憲法では、国民主権、基本的人権の尊重及び平和主義等が謳われており、基本的人権が不当に侵害されないよう国家権力が制限され、権力分立構造が採用されております。日本国憲法の制定経緯が問題であると指摘する人もいますが謳われている諸原則の内容は世界的にも高く評価されているものかと思います。今の日本国憲法の内容が何らの改変も必要のないほど究極的な理想を体現化したものといえるかはわかりませんが、少なくともこうあって欲しいという強い願いが込められた「法」であることは間違いありません。

 日本国憲法は、同じ「法」と名がつく「民法」「刑法」「会社法」といった個別の法律の上位概念にあたります。個別の法律は日本国憲法の理念を前提とした下位規範にあたります。したがって、日本国憲法が保障する基本的人権を不当に侵害する内容の法律であれば、それは違憲であり無効となります。また、そもそもそのようなおそれのある法律は制定されるべきではありません。

 しかしながら、いままさに憲法で保障される内心の自由を侵害するおそれのある法案が制定されようとしています。いわゆる「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案です。共謀罪については過去に3度廃案になっておりますが今回は「テロ等準備罪」と名前を変え、「組織的犯罪集団」の活動の一環として犯罪の遂行を二人以上で「計画」した者は、そのうち誰か一人でも「準備行為」をすれば処罰できるという内容を含んでいます。

 政府は、「組織的犯罪集団」を対象とするもので一般市民が対象になることはなく、また、あくまで「準備行為」に至った場合に処罰するものだという説明をしています。しかし、「組織的犯罪集団」と言われてもそれがどのような集団なのかよくわかりません。また、「準備行為」といっても「準備行為等」が対象とされている以上、その「等」の中にどのようなものが含まれるかが曖昧だと言わざるを得ません。問題は、誰が「組織的犯罪集団」もしくは「準備行為等」に該当するかを判断するのかという点です。一次的にはやはり捜査機関にならざるを得ないのではないかということになります。テロ対策はもちろん重要ですし、犯罪の発生を未然に防いだほうがいいに決まっています。条約との関係で共謀罪の成立が必要だという見解もある一方で現行の個別の法律によっても十分対応することが可能だとも言われています。いずれにしても今回の法案のように準備段階でも犯罪が成立することになれば、犯罪の成立範囲が大幅に拡大されることは間違いなく、それに伴い捜査機関の権限も拡大されることが予想されます。準備段階での言動が犯罪になりうるということは、準備段階から監視されるという監視社会に大きく近づくことにつながるのではないかと危惧します。

 まさにジョージ・オーウェルの「1984年」の世界です。

 オーウェルがこの小説を書いたのは1949年です。このときからすでにオーウェルは監視社会の未来を予想していたのか、小説の中で描かれた国の市民は、ビッグ・ブラザーと呼ばれる絶対君主により完全に支配されています。人は、四六時中、室内にいるときでさえ監視され、反体制的な思想を抱けば「思考犯罪」として処罰されるという恐ろしい社会です。思考する、あるいは思想を持つだけで犯罪となり、処罰されると人はどうなるでしょうか。考えることを放棄してしまいます。権力者側による市民に対する一方的な権利侵害についてももはやそれが権利侵害であることさえ気が付かなくなります。気が付いたとしても行動しようとする前につぶされてしまいます。かなり大げさではありますが、思想自体をも処罰されかねない内容を持つ組織犯罪処罰法改正案は、内心の自由を保障した日本国憲法に違反する疑いが強いです。そのため釧路弁護士会としても共謀罪を新設しようとする組織犯罪処罰法改正案に反対する立場をとり、4月25日付けで会長声明を出しました。

 オーウェルの描いた社会が日本国憲法が望んだ社会だとはとても思えません。

 今一度、冒頭に引用した李斯の「“法”とは願い!」という言葉に立ち返って戴きたい、そう願っております。